歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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やさしい夏祭浪花鑑 その十 ざっくりとしたあらすじ⑦

現在、渋谷のbunkamuraシアターコクーンで上演中の

コクーン歌舞伎 第十七弾「夏祭浪花鑑」

緊急事態宣言により11日まで上演中止となっていましたが、12日からいよいよ上演が始まりました。十八代勘三郎さんによるコクーン歌舞伎夏祭浪花鑑は海外でも上演された大人気作であり、今回の上演も大きな話題を呼んでいます。

せっかくですのでこの機会に、通常の古典の演出を基として、少かぶきしばかりお話いたします。今回の上演に限らず、何らかのお役に立てればうれしく思います。

長町裏の場

夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)は、1745年(延享2年)7月に大坂は竹本座にて人形浄瑠璃として初演された演目。翌月には京都の都万太夫座にて歌舞伎として上演され、夏の定番演目として知られています。

ごく簡単な内容としては、ケンカがもとで牢屋に入っていた堺の魚売りの団七という男がシャバに戻り、これから心機一転がんばろうというところ、恩人のために強欲な舅を殺してしまう…という、ナニワのハードな物語であります。

 

当時の大坂の市井で暮らしていた、いわゆるヤンキー的な人々の姿を生き生きと描き、現在まで上演を重ねる人気作となりました。

色鮮やかな彫り物、ケンカ、泥水にまみれた殺し、といった強烈な視覚刺激とともに、男と女の生きざまが、泥臭く、かつカッコよく描かれています。スッキリとしてすかした侠客ではなくて、文字通り泥にまみれながら仁義に生きようとする男たちの姿が時代を超えて胸を打つのではないでしょうか。

そういえば現代のヤンキー漫画では大阪が舞台のものはあるのでしょうか、勉強不足で存じませんが、夏祭浪花鑑にも現代の人間に刺さるような漫画的な魅力があるように思います。

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清書七以呂波 なつ祭 団七九郎兵衛・一寸徳兵衛 豊国

国立国会図書館デジタルコレクション

そんな夏祭浪花鑑について、現在の上演形態としてポピュラーな「鳥居前」「三婦内」「長町裏」の三つの場面構成であらすじをお話していきたいと思います。

上演時や文章上の様々な事情から内容が前後したり、言葉に細かな違いが生まれることがありますのでご了承くださいませ。

 

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⑥では、団七の舅の三河屋義平次によって琴浦が連れ去られ、団七が慌てて追いかけていくところまでをお話いたしました。義平次というのはとにかく強欲でお金に汚く、金のためならばなんでもするという男です。大鳥佐賀右衛門琴浦を渡し、大金をせしめようとしているのです。

 

三婦の家から飛び出して行った団七は、長町裏へたどり着き、ようやく義平次一行に追いつきます。

長町というのは大坂の日本橋の南で、江戸時代には田畑が広がる地域であったそうです。近くの千日前には広大な墓所、火葬場、処刑場があったそうで、活気づく道頓堀の賑わいの裏に、湿度のある風景が広がっていたことがわかります。

加えてこの日は高津神社の祭りの宵宮ですから、遠くで神輿を担ぐ人の声が聞こえています。楽しい声が聞こえてくると、寂しい空間が余計に寂しくなる、そんな情景です。

 

団七義平次に、その駕籠に乗っている琴浦は大恩ある人からの預かり人ですからどうか返してくださいと懇願します。

しかし、そもそも娘のお梶団七の結婚に不満を持っていた義平次は、ここでハイそうですかと言うような舅ではありません。

身寄りのなかったお前を魚売りの職に就かせてやったのは俺、なのに勝手にお梶と子供まで作った。その料金払え。喧嘩で牢屋に入っているときに女房子供を養ってやったのも俺、この恩知らずが、などとののしり、決して琴浦を渡そうとはしません。

 

義平次からひどくののしられ、足蹴にされても、舅は親だ…と堪える団七。しかし、どうにかして琴浦は返してもらわなければなりません。

そこで団七は、とっさに道端の石を手ぬぐいに包み、「ここに三十両あるので、これを身の代に琴浦さんを返してください、お願いします」と懇願してしまいます。

三十両と聞いた義平次は急に態度を軟化、琴浦を返すことを承知して、駕籠をさっさと三婦の家に戻してしまいました。

 

あああありがとうございますと感謝する団七に、義平次はさあ約束の三十両を渡せと詰め寄りますが、そんなものは元からありません。

実はその金はここにはありません…と打ち明けると、騙したなーッ!!!と激怒する義平次団七に殴る蹴るの暴行を加えたうえ、団七が履いていた雪駄で眉間の当たりを思い切りぶん殴り、おでこから流血させてしまいます。眉間を割られるというのは当時の男性の価値観では耐え難いものであったようで、団七も怒りに震えます。

 

脇差を差している団七が思わずギッと義平次を睨むと、なにィ舅を斬る気かァ、親を切れるのかァ、おらおらァと、義平次の挑発がエスカレート。義平次としばらくもみ合ううちに刀が体にあたって、団七義平次を斬りつけてしまいました。

親殺しだァア!!と叫ぶ口を押さえつけ、こりゃもう是非に及ばぬ…と刀を取り、団七は田んぼの泥の中を逃げ回る義平次を斬り殺します。

塀の向こうから聞こえる祭囃子の音で、義平次の叫び声はかき消され、団七の心臓が早鐘のようになるのが感じられるような見事な演出です。

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木曽街道六十九次の内 浦和 歌川国芳 アムステルダム国立美術館パブリックドメイン

美しい和彫りの彫り物がびっしりと入った団七の体には義平次殺しでついた泥水がべったり。傍らにあった井戸水を頭からザバーッと浴びて泥を落とし、「悪い人でも舅は親。許してくだんせ」と義平次の死骸に詫びて、団七は祭りの賑わいに紛れて逃げていくのでした。

歌舞伎演目には殺人の場面が数々ありますが、本物の水や泥を使うこの殺し場は屈指の名場面として知られています。視覚的にも音楽的にも美しい浮世絵さながらの場面です。

 

ここまでで現行の上演形態「住吉鳥居前」「難波三婦内」「長町裏」はひとまず幕となります。この後は、徳兵衛をはじめ周囲の人々が、団七を舅殺しの罪から回避させる方法を画策、備中へと逃がそうと奔走するという展開が続きます。 

参考文献:新版歌舞伎事典/床本集/「もう少し浄瑠璃を読もう」橋本治

公演の詳細

www.kabuki-bito.jp

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