歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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やさしい春興鏡獅子 その二 連獅子にあって鏡獅子にないもの

ただいま歌舞伎座で上演中の五月大歌舞伎

第三部の舞踊「春興鏡獅子」では菊之助さんの見事な小姓弥生・獅子の精が披露されています!すべてにおいて美しく素晴らしい一幕でした。

早くも千穐楽が近づいておりますけれども、鏡獅子について少しばかりお話しておきます。今月の舞台の配信や放送、次回の上演の際などにお役立ていただければと思います。

連獅子にあって鏡獅子にないもの

春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)は、数ある歌舞伎舞踊の中でも最も知られているといっても過言ではない大人気作。歌舞伎と言えば江戸というイメージかと思いますが、実は明治時代の作で明治26年(1893)3月に東京の歌舞伎座で初演された長唄舞踊です。作詞を歌舞伎座創立者でもある福地桜痴が手掛け、初演の弥生と獅子の精を明治の名優・九代目團十郎が勤めました。

 

この演目がずば抜けて有名であるのは、隈取をした歌舞伎役者がかぶりものの長い毛をぶんぶんと振り回す特徴的なシーンのせいかと思います。

あのような演出のある歌舞伎舞踊は能の「石橋」に取材したもので、一ジャンルがまとめて「石橋物(しゃっきょうもの)」と呼ばれます。

唐の清涼山には石橋があり、その先には文殊菩薩の浄土がある

端のたもとには文殊菩薩の霊獣・獅子がいて、牡丹の花に舞い遊んでいる

という伝説をもとにした一連の作品群です。

 

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歌川国貞 アムステルダム国立美術館

現在も上演されている有名なところでは、鏡獅子より前に作られた「連獅子」でしょうか。似たイメージの演目ですが、鏡獅子が白い毛、連獅子は紅い毛と白い毛というパッと見の違いがあります。しかし実は他にも違いがあります。

 

石橋物では獅子の登場の際、獅子の狂いを表す三味線の合方とともに「獅子団乱旋(ししとらでん)の舞楽のみきん」という謎めいた詞章が使われることが多いのですが、不思議なことに長唄の鏡獅子正本では使われていません。明治という新しい時代の石橋物を追求した結果ゆらぎが生まれたようで、ここも連獅子との違いです。

 

獅子団乱旋(ししとらでん)というのは、「獅子」と「団乱旋」という唐伝来の舞楽の秘曲2曲のことで、謡曲に使われている言葉です。

現代人にとってはなんとなくカッコいい語感ですが、当時の人々にとってはいかにもいにしえの響きとして感じられたのかもしれません。あくまでも想像ですが、このフレーズを使うといつまでも能の真似のような気分から抜け出せないという感覚もあったかもしれません。

明確な理由はわかりませんが、とにかく何らかの意志を持ってお決まりの文句が省かれることとなったのだと思います。「高尚で優美なる芸術としての歌舞伎を作る」という意志が随所に現れているのが春興鏡獅子です。

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当盛見立三十六花撰 石橋の牡丹富貴三郎 豊国 国立国会図書館デジタルコレクション

余談ですが、この石橋の絵には幕末の名工・彫竹(横川竹次郎)の名が入っており、細かな部分の彫が見事であります。拡大してみました。すさまじいですね…!

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参考:新版歌舞伎事典/日本大百科事典/歌舞伎手帖/「鏡獅子」の成立 和田修/六代目菊五郎の舞踊と肉体 児玉竜一

公演の詳細

www.kabuki-bito.jp

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