先日まで歌舞伎座で上演されていた九月大歌舞伎 第三部「東海道四谷怪談」
仁左衛門さんの民谷伊右衛門と玉三郎さんのお岩の配役では38年ぶりという記念すべき舞台でした。
つい息を潜めて見てしまうような緊張感あふれる芝居の中で、玉三郎さんのお岩が鉄漿(かね/おはぐろ)をつけ、髪を梳く場面が特に鮮烈に印象に残っています。全ての真実を聞かされたお岩が、伊藤家を訪ねるため病んだ体を押して女性としての身だしなみを整える姿の悲しさ。そして口からはみ出した鉄漿が恐ろしかったです…。
そんないわゆる髪梳きの場面で聞こえてきた独吟、めりやすというものですが、この歌詞を探したところ手元の本のなかに見つかりましたのでメモしておきたいと思います。
髪梳きめりやす 瑠璃の露
めりやすというのは歌舞伎の芝居のなかで演奏される長唄の独吟の一種で、髪梳きや愁嘆などの動きの少ない場面においてもの寂しい曲調で演奏され、なんとも憂いのあるムードを演出するものです。
語源はいろいろな説がありよくわからないのですが、役者の動きに合わせて伸縮自在で融通が利くからというのが通説です。江戸吉原の遊女が聞いて「気がめいりやす」と言ったから、という説がおもしろくて私は好きです。
東海道四谷怪談の髪梳きの場面で演奏されるめりやす「瑠璃の艶」の詞章はこのようなものでした。明治二十九年七月歌舞伎座で五代目菊五郎が上演した際、狂言作者の竹柴金作が補筆したものだそうで、めりやすの中でも有名なものだそうです。
瑠璃の艶
(一の句)
〽竹垣の草にやつれし軒の端、退きものかれぬ仲々を、朝顔からむ花鬘。
(二の句)
〽露に湿りて日影に照って、磨いて見たる瑠璃の艶。
(三の句)
〽朝(あした)夕べに面痩せし、秋の柳の落髪の、乱れて靡く初尾花。
(上ゲ)
〽花が花なら、ものは思はじ。
参考文献:岩波文庫「東海道四谷怪談」鶴屋南北作/「東海道四谷怪談 私見」本間正幸/日本大百科/歌舞伎登場人物事典/歌舞伎の下座音楽 望月太意之助