昨日まで上演されていた十月大歌舞伎
楽しい演目がさまざま並び、比較的明るい狂言立てでしたね。歌舞伎には悲劇的な演目も多いなか割と珍しかったのではないかと感じました。
そんななか第三部「松竹梅湯島掛額」に関して、気になることがありましたので少しばかり調べてみました。ご興味をお持ちでしたらお付き合いください。
「お土砂」とは一体何なのか?
松竹梅湯島掛額(しょうちくばい ゆしまのかけがく)は、江戸時代に実在した少女放火犯「八百屋お七」と寺の小姓吉三郎の恋を題材とした数ある演目のうちのひとつ。
寺小姓吉三郎への叶わぬ恋に嘆いている八百屋の娘・お七を、紅屋長兵衛という男が機転を利かせておもしろおかしくサポートするという「お土砂」の場面が見どころです。
紅屋長兵衛が「お土砂」という粉末状のアイテムを使い、お七の恋の障害となる人々や居合わせた人々をぐにゃぐにゃにしてしまう…という奇想天外でユーモラスな演出から「お土砂の場」と言われていますが、そもそもお土砂とは何なのか存じ上げず、その詳細が気になりました。
精選版 日本国語大辞典によるとお土砂(御土砂)とは
〘名〙 (「お」は接頭語) 加持祈祷の時に用いる砂。これを死体に掛けると硬直したのがなおるという。おどさ。
とのこと。密教で行われる土砂加持という加持祈祷で用いられました。
清水で洗いきよめた白砂をご本尊の前に置き、二十三字の梵字のお経「光明真言」を唱え、護摩を焚くと、聖なるお土砂ができると考えられているようです。このお土砂を亡くなられた方の体やお墓にまくと、罪が消えて体が物理的にも柔らかくなり、極楽往生できると考えられているそうです。
それから派生して、お世辞を言ったりして相手の心を和らげることを「御土砂を掛ける」と言うようになりました。
真言宗のお寺では現在もお土砂をお守りとして販売しているところがあります。
富山県高岡市の 衆徳山 総持寺のサイトに記載されていたお守りは袋入りのようで、もしかしたらここにお土砂が直接入っているのかもしれません。
手触りや色などどういったものなのか気になるところです。かけるとぐにゃぐにゃになるのでしょうか…
一方、世界遺産仁和寺のサイトに掲載されていた法話の中に、実際に現代のお坊さんが自ら土砂加持を行い、お母さまのご遺体にかけて見送られたところ、死後硬直はみられず安らかに旅立たれた…という大変興味深いお話がありました。ぜひご一読ください。
愉快な紅長さんへの興味からスタートしてこのようなお話に行きつけるとは思いませんでした。私自身は特に何らかの深い信仰を持っているわけではありませんが、理屈を超えた人間の思いの力というのはやはり存在するのだろうなと思います。
参考文献:精選版 日本国語大辞典