不安なニュースが続いていますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
このすえひろはといえば、今日が東京大空襲の日なので、当時を東京下町で過ごしていた親戚たちの苦労を思っていました。祖父母が戦火のなか命からがら逃げ延びてくれたおかげで、今こうして生きて、へらへらしながら芝居にうつつを抜かすことができています。本当にありがたいことです。自分が生きている時代に、このような戦争のニュースに日々触れることになるとは想像しておりませんでした。一日も早く人々が理不尽な苦しみから解放され、平和に過ごすことができますようにと祈っています。
さて先日のお話ですが、歌舞伎座へ出かけまして三月大歌舞伎の第二部を拝見してまいりました。仁左衛門さんの河内山と歌六さんの河内山、どちらも拝見できましたので、備忘録として少しばかり感想をしたためておきたいと思います。
「馬鹿め」にしびれる
第二部は「天衣紛上野初花 河内山」「芝浜革財布」という狂言立てです。
「河内山」は、仁左衛門さんの河内山、鴈治郎さんの松江出雲守、歌六さんの高木小左衛門、高麗蔵さんの宮崎数馬という配役です。
昨日のニュースの通り、現在仁左衛門さんは体調不良により休演されています。このすえひろが拝見したのは初日近くで、お加減の悪そうなご様子が見えたという公演ではありません。いつもに比べ少しお声が小さいような印象を受けてはおりましたが、それでも「馬鹿め」のスカーッとしびれるような発声、たまりませんでした…。「馬鹿め」も最高ですし、そのあとの笑いもたまらないものがありますね…。
今回のポイントは「質見世」の場面から上演されていて、芝居の事情が格段にわかりやすくなっていることです。河内山は一体何のためにこんなことをするのかということがよくわかるので、後半にかけての迫力がビシバシと伝わってくるように思います。とにかくカッコいい河内山でした…。
質見世では私もひじきと油揚げをうまがっているような人間なので知恵が回らないんだなあと思いましたが、仁左衛門さんの河内山に言われると嫌味なくおかしみもあり、とにかくカッコよくって、見下されたいがためにひじきと油揚げをうまがりたくなるという妙な興奮を覚えました。何を言っているのかよくわからなくなっています。すみません。
そして、仁左衛門さんの休演により、河内山は歌六さん、高木小左衛門は坂東亀蔵さん、大橋伊織は片岡孝志さんが代役に入られることとなりました。
歌六さんの代役になって、初日に拝見しました。歌六さんの河内山はスター然とした大悪党というよりも、良い意味でなんだか妙なリアリティがあると申しますか、いうなれば半沢直樹などのドラマにおいて当初脇役と思われたのに終盤とんでもない裏切り方をしてくる底知れぬ人物といった雰囲気で、ゾクゾクしました。
休演当日でしたので舞台の上からはいろいろと緊張感が感じられましたが、役につかれている方からお弟子さんまで皆さま全員が、芝居のテンポを産むべく一丸となっておられる姿が垣間見え、プロフェッショナルの姿勢を感じました。カッコよかったです。
「芝浜革財布」は、落語の芝浜を題材とした世話物のお芝居。結末は少し違います。
主な配役は菊五郎さんの魚政に、時蔵さんのおたつ、左團次さんの大工勘太郎、東蔵さんの金貸おかねというものでした。團藏さんが休演なさっているのは残念でしたが、お馴染みの方々の揃う素晴らしい配役で、まさしく江戸という風情で絶品でした。
私は特に、菊五郎さんの左團次さんのコンビが本当に好きなのです…。お二人が並んでいる佇まいのカッコよさ、お声の心地よさ、おかしみ、全てにおいてたまらないものがあります。長屋の連中が酒を飲んでベロベロになって喧嘩騒ぎを起こすようすなど、もう本当にどうしようもないのですが、みな悪態をついているようでいてそれぞれに自分の奥さんの自慢をしているのが可愛らしく、ほほえましいのですよね。お顔触れの長年のご共演あっての贅沢な空気感で、存分に堪能しました。
そして菊五郎さんと時蔵さんの夫婦は言わずもがなの良さです。とうとうおたつさんを泣かせてしまった菊五郎さんの表情、なんともいえずきゅんときました。
近ごろは涙腺が崩壊しつつあるので、眞秀さんを見守る橘太郎さんの眼差しにほろりとするなどしつつ、ほっこり幸せな気持ちで劇場を後にしました。仁左衛門さんのことで胸いっぱいで心配でたまらないときでも、絶品の芝居と役者さんたちのお姿が、温かく勇気づけてくれました。救われました。歌舞伎が好きです。感謝しきりです。