ただいま歌舞伎座で上演中の四月大歌舞伎!
第一部で上演されている「天一坊大岡政談」は、幕末から明治期に活躍した名作者・河竹黙阿弥の作品です。今月は大岡越前守を松緑さん、天一坊を猿之助さん、山内伊賀亮を愛之助さんがお勤めになっています。
比較的上演頻度の低い演目であるため、貴重な今月の上演にちなみ、少しばかりお話してみたいと思います。芝居見物やテレビ放送、配信などの際、何らかのお役に立つことができればうれしく思います。
ざっくりとしたあらすじ⑦ 四幕目
天一坊大岡政談(てんいちぼうおおおかせいだん)は、幕末から明治期に活躍した名作者・河竹黙阿弥の作です。安政元年(1854)8月に江戸の河原崎座で上演された「吾嬬下五十三驛」を先行作とし、維新後の明治8年(1875)1月東京の新富座にて上演された「扇音々大岡政談」が評判となって今に至ります。
講談一席読切 天一坊実は観音流弟子法策 市川左団次 国立国会図書館
江戸時代、将軍吉宗の隠し子を名乗るというとんでもない手法で世間を激震させた一大信用詐欺事件「天一坊事件」を題材とした、初代神田伯山の講談「大岡政談 天一坊」が元ネタ。天下の大悪党天一坊と名奉行大岡越前守の名裁きが眼目です。
内容をざっくりとご紹介いたしますと、このようなものです。
①小坊主の法澤は知り合いのお三というおばあさんから「娘が吉宗公の御落胤を産んだが母子ともに亡くなってしまった」という身の上話を聞かされて悪事を思いつき、おばあさんを殺してしまう
②御落胤になりすまして仲間を集めた法澤は、天一坊を名乗って江戸へ乗り込む計画を立てる
③江戸の名奉行・大岡越前守は、乗り込んできた天一坊を一度は御落胤と認めるが、虚偽であることを認識しながらも捜査日数が足りず、切腹を覚悟する
④ぎりぎりのところで証拠品と証人がもたらされ、大岡越前守は無事、天一坊の悪事を暴くことができた
詳しいあらすじをお話してまいりますが、とても長いので、適宜かいつまんでお話いたします。上演のタイミングや配役などさまざまな理由で内容が前後したり、細かい点が変更される場合がありますので、何卒ご容赦くださいませ。
⑥では、書付と短刀という物的証拠を提示された大岡越前守が、天一坊を将軍の御落胤と認定。後日将軍と対面させることを約束し、ひとまず天一坊一行を帰すこととしました。天一坊たちは信用詐欺の成功をひそかに喜びながら引き返していきます。大出世はもう目の前です。
しかしながら、大岡越前守はこの判断を正しいとは思えずにいます。そこで将軍と天一坊の対面を10日ほど延期することにして、信頼する部下の池田大助を紀州へと送り込むことにしたのでした。
舞台は変わりまして、四幕目 大岡邸奥の間の場。趣あるしつらえの、大岡越前守のおうちの奥の部屋です。前の場面から10日が経過しています。
この日の大岡越前守は息子の忠右衛門と妻の小沢とともに白装束に身を包んでおり、なにやら深刻なムードが漂っています。この白装束は武家の人々の死に装束、つまり「これから切腹する」ということを暗に示す出で立ちです。
すでに将軍と天一坊の対面を延期した約束の10日間が過ぎ去りましたが、捜査活動のため紀州に送り込んだ池田大助は戻らず、何の音沙汰もありません。10日という短さでは無理もないことです。
大岡越前守は大助の帰りを待ってはいるものの、大助が戻らず切腹を命じられてしまう可能性も考えています。個人の自由や人命よりも家と主従が大切という考えが前提で、切腹を命じられるのは末代までの恥という価値観のもと生きていますので、切腹を命じられる前に、自ら息子とともに切腹をせねばならないのです。
切腹の際には首を落とす介錯役のさむらいをつけることになっています。大岡越前守の介錯役となった平石治右衛門は、大助の帰りを待ってからにした方が良いのではないかと必死に説得しますが、大岡越前守の考えは変わりません。
天一坊が御落胤というのはウソだということはわかっていても、約束の期日が迫った今、その証拠がないのです。己の責務を全うしようとするがゆえのつらい決断です。家族も皆この思いを尊重して受け入れる悲しい場面です。
作法に則って腹切刀を取り、今にも切腹をしようというところ。間一髪、池田大助が戻ってきます。現代のような交通手段も情報収集法もない時代、10日間で捜査活動を行い、はるか遠くの紀州から慌てて戻ったので、大助はもうヘトヘトになっています。よくぞ戻ってきてくれました。
大助いわく、天一坊の正体は法澤という紀州の小坊主であり、お三という老婆を殺したうえ書付・短刀という証拠の二品を入手したのだということ。さらにその証人として、あの感応院の下男・久助を連れてくることができたといいます。
殺害の証拠の品と証人をつかむことができればこちらのもの。大岡越前守は信頼する大助の見事な働きぶりに深く感謝するのでした。このあたりで次回に続きます。
参考文献:新版歌舞伎事典/歌舞伎手帖/日本大百科事典/立命館大学/実録体小説の生成 小二田誠二/大岡政談五 天一坊実記下 夕陽亭文庫