歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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歌舞伎座 秀山祭九月大歌舞伎 第一部「白鷺城異聞」「寺子屋」を見てきました! 2022年9月

台風が近づいておりますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。明日からの三連休に広く影響が出ると予報されているようですね。お出かけを予定されていた方には残念な知らせですけれども、どうぞご無理なさらず何卒お気をつけくださいませ。

 

このすえひろはといえば、定額制観劇サービスをとにかくフル活用しておりまして、外出疲れがたまってしまい、近ごろはゼエゼエしております。あばら骨のあたりから下がズーンと重たい感じです。日ごろ在宅の仕事でして、散歩と歌舞伎以外ではほとんど家から出ない生活をしていたことが祟ったようです。

歌舞伎役者の方々がド派手に発しているエネルギーというのは、受け取る側にも相応の体力が必要なのだなと実感しています。歌舞伎を心の底から楽しむためには、とにかく体力をつけなければ。美味しいものを食べ、よく眠り、来たる歌舞伎に備えたいと思います。そして歌舞伎のために働き、歌舞伎を見て元気をいただき、そのパワーで命をつなぐ所存です。

 

さて、先日のお話ですが、秀山祭九月大歌舞伎の第一部を拝見してまいりました!備忘録として少しばかり感想をしたためておきたいと思います。

ダブルキャストの寺子屋

今回の秀山祭は「二世中村吉右衛門一周忌追善」と冠した公演ですので、他の方の追善興行と同じように吉右衛門さんの祭壇がロビーに設えてあります。

これはなんだか、何度拝見しても慣れないですね…。祭壇を目の当たりにしても、吉右衛門さんのお姿を拝見しに歌舞伎座へやってきたような気持ちがいまだ抜けません。今月はそのようなつもりで感想をしたためてしまうことがあるかもしれませんが、何卒ご容赦願います。

 

第一部は「白鷺城異聞」「菅原伝授手習鑑 寺子屋」という狂言立てでした。

白鷺城異聞」は、吉右衛門さんが松貫四の名前で手掛けられた作品です。姫路城を舞台に剣豪宮本武蔵の伝説を描いたもので、主役の宮本武蔵は歌六さんがお勤めになっています。華やかな宴の場面と、怨霊が現れる立ち回りの場面で構成されていて、宴の場面では宮本武蔵の軍物語にワクワクしました。

吉右衛門さんが生前お勤めになった舞台は拝見できなかったので、悠然とした歌六さんの所作から吉右衛門さんがお勤めになっていた時のことを生き生きと想像し、胸が熱くなりました。歌六さんはじめ舞台のみなさまの中に残像があるのだろうなと思って拝見すると、ご不在の中にも存在を濃く感じることができ、なんだか不思議です。

 

それはそうと人間を超越した悪の七之助さんの後ろから、同じく人間を超越した悪の勘九郎さんが現れ、立ち回りになるという演出。そして実は勘九郎さんの方が本体であるという設定。これは私が数年前から勝手に妄想している新作歌舞伎「鬼滅の刃 遊郭編」の堕姫と妓夫太郎の登場シーンそのものでしたので、大変驚きました…!

もしかして過去に何かで「白鷺城異聞」の映像を見たのが脳内に残り、それを基に妄想していたのかもしれないですね。図々しいことをしてしまいました。しかしながら、勘九郎さんの妓夫太郎と七之助さんの堕姫による新作歌舞伎「鬼滅の刃 遊郭編」はやはり相当に魅力的な舞台になりそうなことがわかりましたので、いつの日か実現してほしいです…!!

 

続く「寺子屋」は、偶数日と奇数日で配役替わりがあります。奇数日は松緑さんの松王丸に幸四郎さんの源蔵、偶数日は幸四郎さんの松王丸に松緑さんの源蔵という配役です。どちらも拝見し、お二人の型の違いや味わいの変化などを楽しむことができました。

幸四郎さんの松王丸は以前に拝見した時よりも1.5倍くらい大きく感じられ、芸の深まりを感じました。表面的には淡々として見えるのに、その奥にある激情が胸に伝わってくるようでした。今後の松王丸も本当に楽しみです。

松緑さんの松王丸は播磨屋の追善ということで、本来の音羽屋の衣裳の銀鼠色ではなく黒地の衣裳でお勤めになっています。こうした機会でなければ拝見できない、とても貴重なお姿ですね。松緑さんのハッキリとしたお顔立ちにコントラストの強い色がお似合いで、川本喜八郎の人形アニメーションさながらでした。

 

舞台の味わいの違いは、源蔵の方が大きかったように感じました。

まず幸四郎さんの源蔵からは、源蔵という人間がはらんでいる色気と狂気が感じられて、とてもスリルがありました。良い意味で全く心の読めない人間という感じです。

源蔵をどう捉えるのが正解なのかはわかりませんが、私自身は色気と狂気を感じております。こんなに危険性をはらんだ人が山家の寺子屋で師匠をしている…というスリルが欲しく、その点でいえばとても好みの源蔵でした。

幸四郎さんの源蔵というと筆法伝授のイメージがとても強く、リアルな時の流れを経て菅丞相への恩義が結実したところを目の当たりにしたようで、感慨深く思いました。

 

一方、松緑さんの源蔵からは、人間的なあたたかみと葛藤を強く感じました。情の深さというのでしょうか。良き先生、良き夫、良きさむらいが、恩人ゆかりの一大事に巻き込まれ、ここまで追い込まれてしまった…という印象です。児太郎さんの戸浪とともに醸し出している夫婦感もより強く、初めてこの演目をご覧になる方にはより共感しやすいものだったのではないかと感じます。

 

そして今回の寺子屋で楽しみにしていたのは、なんといっても又五郎さんの涎くりです。歌昇さんご子息の種太郎さん、秀乃介さんの初舞台に又五郎さんの涎くりを拝見できるという贅沢さ。期待通りの底抜けな涎くりで大変興奮しました。

今回のお父さんは彌十郎さんで体格差がものすごく、えっ又五郎さんが彌十郎さんをおんぶするのかな!?とハラハラ心配していたのですが、これは手を引いて走り去るスタイルに変更されていて安堵しました。

 

何度も何度も拝見している寺子屋ですけれども、こうしてダブルキャストで見比べますと、型の違いだけでなく役者さんの数だけ味わいがあるのだなと感じさせられました。さらに組み合わせでも大きく変わるのですから、無限の楽しみがありますね。

寺子屋は吉右衛門さんの思い出でいっぱいの演目です。舞台を拝見していますと、吉右衛門さんの松王丸の立派さ、お声、四角さや大きさまで鮮明によみがえってきました。現代人の価値観を持った自分がいつのまにかどこかへ消えていて、舞台の世界に入ってしまうような感覚が忘れられません。いつの日かまたあの感覚を味わいたいです。

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