歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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歌舞伎座 秀山祭九月大歌舞伎 第三部「仮名手本忠臣蔵 祇園一力茶屋の場」「藤戸」を見てきました! 2022年9月

数日にわたり荒天をもたらしている強烈な台風がついに九州へ上陸したようですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。大変な災害をもたらす可能性が高いとのことです。お隣の台湾で大地震もあり、心配な状況ですね。みなさまどうぞご無事で、お気をつけてお過ごしください

このすえひろはといえば、ひどい雷のなかパソコンを充電しながら仕事するのを不安に感じたのですが、備えていたポータブル電源の存在を思い出して安心できました。停電時ばかりではなくこんな時にも使えるのですね。備えあれば憂いなしというのは本当ですね。

さて、先日のお話ですが、秀山祭九月大歌舞伎の第三部を拝見してまいりました!備忘録として少しばかり感想をしたためておきたいと思います。

圧巻の藤戸

第三部は「仮名手本忠臣蔵 祇園一力茶屋の場」「藤戸」という狂言立てです。

仮名手本忠臣蔵 祇園一力茶屋の場」は、吉右衛門さんがお倒れになる少し前、2021年1月に由良之助役でご出演だった演目ですね。おかるに「うれしそうな顔わいやい」と言って、扇で隠したお顔が今でも目に浮かびます。あのシーンが大好きです。仮名手本忠臣蔵を初めて通しで見た際の印象が深く、自分にとって由良之助といえば吉右衛門さんです。この先どなたがお勤めになってるのを拝見しても、自分の目に残像が残っていることは本当に幸福なことです。

 

今月は2021年1月と同じく、雀右衛門さんがおかるをお勤めになっています。由良之助は仁左衛門さん、平右衛門は海老蔵さんという配役です。仁左衛門さんは春から7月初めまでは療養されていましたが、現在はどうやらお元気そうなご様子で安堵しております。

仁左衛門さんの七段目の由良之助は近年も南座などで拝見していますが、歌舞伎座では久しぶりではないかと記憶しています。松嶋屋の上演はおなじみの見立ての場面がなく展開が早いですが、随所随所の細かな動きの中に色っぽさ、遊里の風情が漂い、冬の京都にいるようなゆったりとした味わいがあって大好きです。

その柔らかな空気があるからこそ、ピリッと引き締まる瞬間がたまらないですね…。力弥とのやり取りの場面と、声を殺して九大夫を折檻する場面です。毎度しびれます。吉右衛門さんの由良之助を見るといつも自分の心がさむらいになっていましたが、仁左衛門さんの由良之助には女性としてときめきます。いずれも代えがたき宝です。

 

雀右衛門さんのおかるも大好きです。賢しさを感じさせず、とにかくかわいいのですよね。持ち前のノリで遊里にも慣れてきた、特に何も考えずにうっかり密書を読んでしまった、というような良い意味での抜けがたまりません。

芝雀時代に福助さんの代役としてお勤めになった際のことが思い出され、特に印象深い役どころです。その際も由良之助は吉右衛門さんでした。梅玉さんが平右衛門という意外な配役でもあり、とにかく懐かしいです。雀右衛門さんのおかると吉右衛門さんの由良之助の組み合わせがもう拝見できないというのは受け入れがたいものがあります。

 

そして海老蔵さんは今月が海老蔵のお名前で最後の歌舞伎座出演かと思います。長らく親しんだお名前ですので寂しさも感じます。

仁左衛門さんの由良之助と雀右衛門さんのおかるとのご共演のようすを拝見していて、亡くなられた團十郎さんを思い、なんともいえぬ寂しさと焦燥を感じました。もっとたくさんの古典の役をお勤めになり、吉右衛門さんをはじめ様々な先輩方とご共演なさるなかで芸を磨かれるようすを折々拝見できていたら、どんなによかっただろうかという、今思っても仕方のない思いです。

襲名披露興行ではたくさんの先輩方とのご共演がありますから、これを機にどうか先輩方のもとで古典の名作に取り組まれてほしいと願うばかりです。今のうちですので切に願います。

 

続く「藤戸」は、能の藤戸を題材に吉右衛門さんが松貫四のお名前で手掛けられた作品です。厳島神社の奉納歌舞伎として平成10年に初演、以来上演が重ねられている演目ですが、私自身は確か今回が初めてと思います。記憶があいまいですみません。

吉右衛門さんの義理の御子息にあたる菊之助さんが前シテの母藤波と後シテの藤戸の悪龍をお勤めになり、吉右衛門さんのお孫さんの丑之助さんもご出演というゆかりの深い配役です。

この一幕がとにかく素晴らしく、菊之助さんの並々ならぬ気迫からこの演目が追善興行の結びに選ばれていることの意味を強く感じさせられました。近ごろの菊之助さんが放たれている、人生をかけて芸を伝えんという気迫には信頼しかありません。

 

特に心をつかまれたのは、寄せては返す荒波が目に浮かぶような花道での引っ込みです。人知を超えた何かに動かされているようにしか見えない、畏れのような感覚を抱きました。

決してスピリチュアル的なことを言いたいのではないのですが、吉右衛門さんの魂が、菊之助さんの肉体を借りて舞台に立っているような、そんな不思議な感覚でした。身体表現が生み出す感動の極致を見たようで、忘れられない体験になりそうです。

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