新橋演舞場で上演されている團十郎襲名記念特別プログラム「SANEMORI」の上演に際して『源平布引滝』の内容を振り返るなかで、改めて物語の持つ魅力を感じました。
『源平布引滝』は比較的上演頻度の高い演目です。何度も拝見したつもりの演目でも、演者の方の影響や自分の成長に伴って視点が変わると、そのたびに新たな発見があります。そんなときつくづく歌舞伎はおもしろいなあと感じます。私は不勉強でして一度見ただけで全て理解できるわけではなく、とにかく時間がかかっていますが、そのぶん楽しみが長年続いているのではないかと踏んでいます。
そんな『源平布引滝』について、思いつくままつらつらと補足情報を述べてみたいと思います。何らかのお役に立つことができれば幸いです。
歌舞伎と木曽義仲
武者鑑 一名人相合 南伝二(部分) 一猛斎芳虎
国立国会図書館デジタルコレクション
『源平布引滝』前半部分にあたる義賢最期では胎児であり、後半部分に当たる実盛物語でようやく誕生する駒王丸こと後の木曾義仲。
木曽義仲といえば、源義経のいとこにあたるさむらいです。父の源義賢を源義平に討たれて木曽の山中で育ち、以仁王の令旨によって挙兵。平維盛を倶利伽羅峠で破る武功を立てました。しかしながら、後白河法皇と対立。同じ源氏の義経らに追討されて亡くなっています。松尾芭蕉が大ファンだったということでも有名な、魅力のある人物です。
歌舞伎の演目には、木曽義仲本人がメインどころでしっかり登場するものというのは現行ではあまりありません。しかし、周辺人物たちが登場する演目はいくつか残されています。上演頻度がそれなりにある演目をご紹介しますと次のようなものです。
『源平布引滝(げんぺいぬのびきのたき)』
義仲の誕生秘話。木曽義仲の父・義賢、母・葵御前、後の家臣・手塚太郎、後に手塚太郎が討つことになる斎藤実盛などが登場。
『ひらかな盛衰記(ひらがなせいすいき)』
義仲の没後。義仲の忠臣・樋口次郎兼光が、義仲の遺児・駒若丸を必死に守る。
『女暫(おんなしばらく)』
義仲の没後。義仲の愛妾で女武者の巴御前が堂々と登場。
どれもおもしろい演目ながら、肝心の義仲本人は基本的に赤子か、すでに亡くなっているかという設定です。
木曽義仲というのはどうやらイケメンであったらしいのですが、そうであるなら何故歌舞伎のメインどころの役が残されていないのかが少し不思議ではないでしょうか。平家のさむらいを討つ功を立てながら、同じ源氏の義経から討たれてしまったという悲劇性もあり、もっと人気キャラになっていても良いと思うのですが。
実際はそうでもなかったと噂されている義経の方が、浄瑠璃はじめ歌舞伎の世界において美しき悲劇の貴公子として君臨しているのがおもしろいですよね。
江戸時代の人々にとって、山育ちの木曽義仲は粗野なイメージが強すぎたのかもしれません。そう思えば、義経はなんとなく都の香りがします。
参考文献:新版歌舞伎事典/歌舞伎登場人物事典/床本集/歌舞伎手帖