本日27日は歌舞伎座で上演されていた壽 初春大歌舞伎の千穐楽でしたね!おめでとうございます!
※写真は過去のものです
白鸚さんが休演に
2023年最初の公演が、公演中止となることなく無事に全日程上演されたこと大変喜ばしく思います。しかしながら心配なニュースがありましたね。二部に出演されていた白鸚さんが、本日の舞台を休演なさったということでした。代役は歌六さんがお勤めになりました。
白鸚さんは11月と12月にも体調不良によって休演なさっていたので心配しております。
報道によると今回はご本人の体調不良ではなく濃厚接触者に認定のためということでしたが、ご年齢を考えますとそれはそれで大変心配です。どうか大事に至らず、再び舞台でお元気なお姿を拝見できますようにと祈っております。
今月の歌舞伎座の芝居を振り返りますと、第三部の「十六夜清心」が心に残っております。「十六夜清心」の通し狂言を生で拝見したことがありませんでしたので、物語の見せ方のおもしろさに驚きました。
南北と黙阿弥と比べた時、自分はなぜかずっと黙阿弥の方に惹かれてきまして、それはどうしてなのかなあとずっと思っておりました。南北の方がインパクトがありますし、派手な展開も多く、鮮やかなように感じられるからです。
黙阿弥はセリフが美しく音楽的だから好きなのだろうかと思っておりましたが、今回の上演で、物語の中にしっかり据えられている軸の存在に気が付きました。悪事に手を染めた者たちに、最終的には捕らえられるという終着点が設定されているのですよね。黙阿弥の代表作である三人吉三や、白浪五人男もそうでした。
だからこそ、登場人物の一人一人が哀愁を背負っているように感じられるのではないかなと。どうにもならない運命にからめとられ、終わりに向かってひた走っている人々のあがきが胸を打つのかもしれません。
もちろんこれは有名なごく一部の白浪物に限った話で、黙阿弥全体の傾向と結論付けるには不足しています。現時点で思っていることとして書き留めただけですので、その点ご容赦願います。
また感想にも同じことを書きましたが、「十六夜清心」を仁左衛門さんの清心に玉三郎さんの十六夜で、通し狂言にて拝見したいという思いが止まりません。
今度歌舞伎座のロビーに設置されている劇場アンケートにも書きますけれども、何かの拍子でこの文面が松竹の関係者の方の目に入らないかなと思い、しつこく申しております。もう一度申します。
「十六夜清心」を仁左衛門さんの清心に玉三郎さんの十六夜の配役で、通し狂言にて拝見したいです。通し狂言です。何卒よろしくお願いいたします…!