ただいま歌舞伎座で上演中の三月大歌舞伎
第二部「仮名手本忠臣蔵 十段目 天川屋義平内の場」は大人気作・仮名手本忠臣蔵の中でも比較的上演頻度の低い場面でして、この場面のみが上演されるというのもなかなか珍しいです。私自身も見たことがあるようなないような…と思っておりましたが、調べたところ7年ほど前の国立劇場での上演の際に拝見していたようです。結構な年月が経っていますね。
それほど少ない機会ですので、演目について少しばかりお話したいと思います。芝居見物や配信の際などのお役に立てれば幸いです。
仮名手本忠臣蔵のおさらい
まずは、そもそも仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)とは何か…ということをご紹介したいと思います。
国立国会図書館デジタルコレクション
仮名手本忠臣蔵は、数ある歌舞伎演目のなかでも特別なものとされています。寛延元年(1748)年8月に大坂の竹本座にて人形浄瑠璃として上演され、その年の12月に同じく大坂の嵐座にて歌舞伎として上演された演目です。以来、270年以上愛されているメガヒット作であります。
仮名手本忠臣蔵は全部で十一段ある長い物語なのですが、そのうちいくつかの名場面が切り取られ、そこだけが上演されるというケースが多いです。というのも、近代においては世の中の人々が、仮名手本忠臣蔵の見せ場の数々を一般常識のように把握していたようなのです。
観客の中で仮名手本忠臣蔵の筋がおなじみだったために、前情報なしで名場面だけの上演が定着しているのだろうと思います。現代ではそうもいきませんので、一体何のことやらと思われる方も多いはずです。ご存知なくとも、どうぞお気になさらないでくださいね。
そんな仮名手本忠臣蔵は、元禄年間に発生した実際の事件「赤穂浪士の討ち入り」を題材としています。映画やテレビドラマで「忠臣蔵」として親しまれてきた事件ですね。忠臣蔵を題材としたフィクションは数々ありますが、その中でも傑作とされるのが仮名手本忠臣蔵なのです。
近年では教科書に載らなくなったと小耳に挟みましたので、赤穂浪士の討ち入り事件についてご存知ない方もおいでかもしれません。簡単にご紹介いたします。
①赤穂藩の浅野内匠頭が、江戸城の松の廊下にて吉良上野介を斬りつけてしまった
②浅野内匠頭は即日切腹を命じられ、赤穂藩の家臣たちは浪人となった
③家老の大石内蔵助をはじめとする家臣たちが、亡き主君の敵を討つことを計画
④艱難辛苦の末、ついに吉良邸に討ち入り、主君の無念を果たした
吉良上野介は悪くない、浅野内匠頭が気難しすぎた、などの考え方が色々あるのですが、とにかくフィクションの忠臣蔵の世界では
①浅野内匠頭の無念
②吉良上野介のハラスメント体質
③大石内蔵助の忠義
これらの三本柱を念頭に置いて、まず一度物語を味わうのがおすすめです。あくまでもフィクションですので。
仮名手本忠臣蔵では赤穂浪士の討ち入りの主要登場人物を、下記の名前に置き換えて描きます。
・浅野内匠頭…塩冶判官(えんやはんがん)
・大石内蔵助…大星由良之助(おおぼしゆらのすけ)
・吉良上野介…高師直(こうのもろなお)
これは江戸時代当時、武家で起こった実際の事件をそのまま歌舞伎化して幕府からお咎めを受けるのを避けるため、時代設定を太平記の時代に置き換えているからです。
現代のテレビドラマでも、実際の事件を題材とした作品で「これはフィクションです」と表示されることがありますよね。厳密にはお咎めの意味合いが違うのですが、そのようなニュアンスで捉えるとわかりやすいと思います。
仮名手本忠臣蔵の物語の軸となるのは、大星由良之助を筆頭とする塩冶家のさむらいたちが、あらゆる犠牲を払ってでも主君・塩冶判官の敵を討たんとするこころ。つまり「忠義」です。とはいっても、忠義を美談として手放しで礼賛しているようにも思えないところがおもしろく、現代人の目から見ても考えさせられるような深みがあります。
仮名手本忠臣蔵は日本のエンターテインメントの歴史のなかでも、あらゆる映画・漫画を凌駕する最大のヒット作と言っても過言ではないと思います。時代を超えて愛されるドラマ性を持っているわけですから、今後も数世紀にわたり残っていってほしいですね。
参考文献:新版歌舞伎事典・歌舞伎登場人物事典・国立劇場上演台本