歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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歌舞伎座 六月大歌舞伎 夜の部「義経千本桜 木の実・小金吾討死・すし屋・川連法眼館」を見てきました!2023年6月

急に夏の暑さが到来しましたが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。水分補給が大事ですね。

このすえひろはといえば、歌舞伎座一回売店で販売されている水まんじゅうの誘惑と毎度戦っております。私は芝居の幕間にあんこを食べるとどうも眠くなってしまうようで、ぐっとこらえております。「残り○○個」という売り声に弱いです。

さて、今月は今日までに何度か歌舞伎座へ出かけまして、六月大歌舞伎の夜の部を拝見してまいりました。備忘録として少しばかり感想をしたためておきたいと思います。

私の原点のすし屋

夜の部は義経千本桜。今回の上演は、木の実・小金吾討死・すし屋・川連法眼館の場面です。ちょうど約10年前の2013年10月に歌舞伎座で上演された「通し狂言 義経千本桜」の夜の部と同じ構成でした。あの月は幕見席で何度となく拝見しておりましたので、「会社帰りでこのシーンに間に合ったんだったな…」など時間の感覚が体感的に蘇ってきます。

 

この10年、もう二度と拝見できなくなってしまったお姿がたくさんあり、その喪失感は一向に埋まる気配がありません。しかし、思い出として瞼に残っていることが、どれほどありがたいことか知れません。

思えば10年前の仁左衛門さんの「木の実~すし屋」と吉右衛門さんの「渡海屋・大物浦」がとにかく鮮烈で、そこから自分自身の歌舞伎の楽しみが一気に加速し、深まっていったように思います。あの上演から10年分の喜び楽しみをたっぷりといただいたわけで、今月こうして仁左衛門さんのいがみの権太を拝見できることは、筆舌に尽くしがたい、この上ないしあわせです。そんなわけで、10年前の話をいろいろと持ち出しながら綴ってしまいそうですが、何卒ご容赦願います。

 

木の実・小金吾討死・すし屋」の場面は、仁左衛門さんのいがみの権太、錦之助さんの維盛、吉弥さんの小せん、壱太郎さんのお里、孝太郎さんの若葉の内侍、千之助さんの小金吾、彌十郎さんの梶原、歌六さんの弥左衛門という配役です。

10年前は、我當さんの梶原に秀太郎さんの小せんという松嶋屋三兄弟の配役を拝見できていたのですよね。秀太郎さんのお芝居を拝見してきたなかで、この小せんが一番好きな役でした。権太から後ろ姿を「あほらし」の言い方の可愛らしさ、今も耳に残っています。我當さんの「こいつ小気味の良い奴」というお声も。

 

仁左衛門さんのいがみの権太は、もしかしたら私にとっては拝見した仁左衛門さんのお役の中で一番好きなような気がしています。

帰宅して冷静に分析し始めると「これはなんちゅう物語なんだ」「権太ってなんて奴なんだ」とも思うのですが、いざ芝居を拝見しますとあまりにエモーショナルで、そういった冷静な判断能力が完全に奪われてしまいます。

小せんと善太を見送り「おやっさん、おやっさん」と弥左衛門を呼ぶときの、子供のような笑顔など、もう悲しくてたまりません。仁左衛門さんの緻密に練り上げられた芝居によって、きっと頭ではなく感情をわしづかみにされているんですね。ドラマの説得力というのは本来こういうことなんだろうなと気づかされます。

 

そんな権太が軸ですので、周囲の人物やセリフの端々まで強く印象に残ります。

中でも、お里は興味深いキャラクターですよね。とても好きです。歌舞伎に出てくる女性の多くは、あのような場面で「殺して」とか「死にたい」とか言って周囲を困らせるわけですけれども。お里は速やかに状況を理解して、気持ちに折り合いをつけ、しかも家族で落ち延びさせるというのはなんともカッコいいです。この先の人生どうか幸せに過ごしてくれと思います。

 

また、権太を刺してからの、弥左衛門のセリフもいいですよね。

「道で子供が遊んでいれば、これこれ子供衆その中に、権太の倅はいませぬか。聞けば子供はどの権太、家名は何、と尋ねられ、俺の口からまんざらにいがみの権とは言えなんだわやい…(うろおぼえですが)」というところです。いきなり具体的なエピソード描写から入る、しかもこのエピソードが大変泣かせるという。唸らされます。

 

川連法眼館」の場面は、松緑さんの狐忠信、魁春さんの静御前、時蔵さんの義経、坂東亀蔵さんの駿河次郎、左近さんの亀井六郎、門之助さんの飛鳥、東蔵さんの川連法眼という配役です。

10年前は菊五郎さんの狐忠信、梅玉さんの義経、時蔵さんの静御前で上演されたのでしたね。私はこの時初めて音羽屋型の四の切を拝見しまして、菊五郎さんの源九郎狐の可愛らしさ、しみじみと染み入るような深い情感に涙しました。派手な場面だと思い込んでいたものですから、型によってこんなにも味わいが変わるのかと驚き、歌舞伎っていろいろな配役で見るとおもしろいんだなあと実感したのでした。

 

今月の松緑さんの源九郎狐は可愛らしさというよりも厳かな霊獣というような趣で、魁春さんの静御前のムードも相まって大変厳かな味わいでした。

私が拝見した日は、東蔵さんが長袴で花道を颯爽と歩いていらして大変驚いたのですが、その後お足元はいかがでしょうか。お年の事を考えますと、奇跡的なことだと思います。どうかお怪我などなく、ご無事で千穐楽を迎えられることを祈っております。

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