歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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大阪松竹座 七月大歌舞伎 夜の部「俊寛」「吉原狐」を見てきました! 2023年7月

皆さま大変ご無沙汰しております!すえひろでございます。

随分前のお話なのですが、道頓堀の大阪松竹座へ出かけまして、

大阪松竹座開場100周年記念 関西・歌舞伎を愛する会 第三十一回

七月大歌舞伎の夜の部を拝見してまいりました。

もう八月になってしまいましたが備忘録として少しばかり感想をしたためておきたいと思います。

俊寛 幕切れの表情

大阪松竹座七月大歌舞伎夜の部は「平家女護島 俊寛」「吉原狐」という狂言立てでした。

今回の「平家女護島 俊寛」は、仁左衛門さんの俊寛僧都、幸四郎さんの成経、橘三郎さんの康頼、千之助さんの千鳥、彌十郎さんの瀬尾、そして菊之助さんの基康という配役です。とても豪華ですね。特に瀬尾と基康のやりとりなどは、役柄のテンプレートを楽しむ歌舞伎らしい味わいに満ちていて、大変ワクワクいたしました。

 

仁左衛門さんの俊寛は、数年前に博多座で拝見して以来。もう一度見たいと思っていた念願の舞台であります。前回は二階席から拝見したこともあり、表情の細かな変化までは見えなかったのですが、今回は幸運にも心の動きをつぶさに見て取ることができる位置で拝見できたため、強烈な没入感がありました。

さながらVRのような。船が離れていくときなどはザパーンと波の音が聞こえ、自分も荒波に飲まれてしまいそうな感覚を得ました。船が遠ざかり、音が全く聞こえなくなる瞬間は静寂そのもので、恐怖感、絶望感を俊寛とともに共有し、思わずうわっと泣きだしたくなるほどでした。生の歌舞伎の舞台は2023年の最新技術に匹敵、なんなら軽く超越してしまうほどの、凄まじい力がありますね。

 

特に心を奪われたのは、岩の上で迎える幕切れの表情です。これは一体どういう表情なのか、慈愛のような諦念のような、言葉でとても表現できない複雑な思いが見えてきました。

どういった意味合いなのかが気になり、過去の仁左衛門さんの芸談を拝読してみたところ、このようにあります。

幕切れで、岩壁の上から向こうを見込むときの心は、その日の感情の流れによって違いますね。

(中略)

わたし自身の中で、絶対にこうあるべきだという結論は出ていないのです。

根本的な役づくりとしては、役を演ずるのではなくて、その役になるということ。父もそうでした。

これは大変な衝撃でした。明確に型のありそうな俊寛の幕切れを、まさか毎回毎回その日の感情でお勤めになっているとは思わなかったのです。

インタビューなどでいつもそのようにおっしゃられていますし、わかっているつもりでしたが、まさにその言葉の通りに役を生きておいでなのだなと改めて思いました。

 

それを踏まえて二度目を拝見しますと、一度目の時とはまた細かな表現が違うように見えてきまして、仁左衛門さんのお芝居の繊細さに改めて驚かされた次第です。

芸談からはかなり時間が経っていますから、すでに何らかの結論が出ている可能性もありますが、少なくとも私が拝見した2日間は、それぞれに違う感情の揺らぎを見ることができました。

この答え合わせのような感覚が楽しくて、仁左衛門さん芝居の世界にのめり込んできたのだなあと思います。この素晴らしさを味わうことのできる幸せをつくづく噛みしめました。東京でも上演してくださらないかなあと切に願っています。

 

吉原狐」は、そそっかしい芸者の娘を男手一つで育てたシングルファーザーの再婚話といったところの心温まるドタバタ喜劇でした。このすえひろは初めて拝見した演目です。

そそっかしい芸者のおきちを米吉さん、そのお父さんの三五郎を幸四郎さん、娘より若い再婚相手のお杉を虎之介さんがお勤めで、隼人さんや染五郎さんなど若手の花形の方々、そして鴈治郎さん扇雀さん孝太郎さん吉弥さんといった上方のベテラン勢が総出演のにぎやかな一幕でありました。

クセ強めのおきちが次々にトラブルを巻き起こしまくるストーリーで米吉さんの魅力が爆発していて、客席中はワハハワハハと素直で大きな笑い声に包まれ、ああ…これはなんて良い時間なんだろうなあと噛みしめておりました。劇場でひとり幸せを噛みしめて、泣きたくなるようなことってありますよね。

 

ちょうど私が拝見した日は虎之介さんのかつらが前にずれてしまうハプニングがありまして、こちらも非常に味わい深いものでした。

スルーすべきか戸惑い気味の空気が一瞬舞台の上に漂ったように見受けられましたが、幸四郎さんのさりげないフォローによって舞台の上も客席もどっと笑いに包まれました。

しかしその直後に続く幸四郎さんのしみじみとしたセリフで、劇場中の空気がガラリと変わり、娘を思う三五郎の心に思わず涙が出るほど感動したのです。

現実とフィクションをいとも簡単に行き来してしまう、幸四郎さんの場の空気を作る力に圧倒されるばかりでした。これも役者さんの技、生の舞台ならではの魅力ですね。体感できたことを幸せに思います。

 

とにもかくにも今年も大阪松竹座は最高でした。大好きな大阪、すでに恋しく思っております。

大阪松竹座での芝居見物はいつも、文字通り劇場が一体になっているような満足感があります。客席中が舞台を心から味わい、豊かなリアクションで楽しんでいるのが肌で感じられる、素敵な劇場ですね。100周年誠におめでとうございます。

芝居の帰り道、真夏のミナミの賑わいを体感するのが毎年の楽しみです。外国からの観光の方が大幅に増えたように思われ、大阪の街の人気ぶりを実感いたしました。来年の夏の松竹座もますます賑わいますように。

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