ただいま歌舞伎座で上演中の八月納涼歌舞伎
毎年夏休みのお馴染み、若手花形の方々を中心とした爽やかな公演です。
第一部で上演されている「大江山酒呑童子」は、源頼光の酒呑童子退治を題材とした十七代中村勘三郎ゆかりの舞踊劇です。今回は十七代の孫にあたる勘九郎さんと七之助さんがご出演で、注目を集めているのではないかと思います。
大江山酒吞童子は今回上演の舞踊作品に限らずとても重要な題材ですので、この機会に少しばかりお話したいと思います。芝居見物や配信など、何らかのお役に立てれば嬉しく思います。
酒呑童子の生い立ち
今月上演されている大江山酒吞童子(おおえやましゅてんどうじ)は、昭和38年に歌舞伎座にて十七代目勘三郎によって初演された萩原雪夫作の舞踊作品です。
一条天皇の頃に大江山に出没したという鬼・酒呑童子を題材としており、説話から芝居、浄瑠璃、浮世絵、映画などなど、長らく日本人のあいだで親しまれているお馴染みの物語であります。
大江山鬼人退治(部分)国立国会図書館デジタルコレクション
一説によれば「日本三大妖怪」のひとつにも数えられている、酒呑童子の伝説については、こちらでご紹介いたしました。(諸説あり)
頼光に激しく抵抗する酒呑童子の言葉には、善悪の間にある無限のグレーゾーンについて考えさせられるものがありました。酒呑童子はいかにして酒吞童子となったのかという件についても、興味深い伝説がありますのでご紹介いたします。
酒吞童子はもともと人の子として、越後(近江の説も)に生まれました。人間の頃の名を「外道丸(げどうまる)」といいます。
なかなか子宝に恵まれなかった両親が願掛けをしてようやく生まれた待望の一子でした。しかし成長するにしたがい大変な暴れ者になり、家庭では手が付けられなくなってか国上寺というお寺へ稚児として預けられてしまいます。
そんななかお母さんが亡くなり、心の支えを失った外道丸は、必死に仏門修行に励む日々を送りました。
やがて外道丸は、大変な美男子に成長。近隣に住まう女性たちからの恋文が、大量に届くようになります。しかしひたすら修行に取り組む外道丸は、恋文には目もくれず。開いて読まないどころか、火をつけて焼いてしまったのです。
恋文の山からもくもくと上がった煙。この煙に想いを伝えられなかった女性たちの執念・怨念が渦巻き、外道丸を襲います。そして、美しかった外道丸はまたたく間に変貌、鬼と化してしまったのでした。
その後、外道丸は全国を転々。大江山に住みつき、茨木童子など多くの鬼を従えるように。そして都から人々をさらったり、人肉を喰らうなどの恐ろしき蛮行を行うようになったと伝えられています。
酒呑童子の生い立ちについては様々な説がありますが、その多くが「元は育ちの良い美少年」というものです。酒呑童子はわき目もふらず必死に仏門修行に励んでいただけで、女性たちの一方的な怨念により鬼になってしまったのですから、考え方によっては被害者ともいえるわけです。力まかせの生き方しか選べなくなり、最後は騙し討ちのような形で頼光に成敗されてしまったことを思うと、なんとも切ない思いがします。
参考文献:日本大百科全書・朝日日本歴史人物事典・新版 日本架空伝承人名事典・国史大辞典・糸井文庫閲覧システム