ただいま浅草公会堂で上演中の新春浅草歌舞伎
毎年お正月に浅草の街をあげて上演されており、若手の花形役者の方々が古典の大役に挑戦する登竜門的な人気公演です。ここ10年ほど松也さんを中心とする世代の方々によって上演されていましたが、今回で次世代へバトンタッチされると発表されています。長年の集大成でもあり、第一部・第二部ともに古典の超名作が並んでいます。
第一部で上演されている「本朝廿四孝 十種香」も古典の超名作です。この機会に少しばかりお話いたしますので、芝居見物や今後のご参考としてお役に立つことができればうれしく思います。
十種香 ざっくりとしたあらすじ②
本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)は、1766(明和3)年1月に大坂の竹本座で初演された人形浄瑠璃の演目。近松半二や三好松洛といった作者陣による合作です。1766年のうちに歌舞伎に移されました。時代物と呼ばれるジャンルの名作です。
ざっくりとした題材は「武田信玄VS上杉謙信」の物語。そこに、斎藤道三の陰謀、諏訪湖を渡る狐の伝説、中国の故事、お姫様の燃える恋愛などのさまざまな要素が複雑に絡んできます。全五段にわたる長い物語なのですが、現在は主に四段目「十種香(じゅしゅこう)」「奥庭狐火(おくにわきつねび)」の場面が上演されています。
国立国会図書館デジタルコレクション
小倉擬百人一首 祐子内親王家紀伊 (小倉擬百人一首) 部分
今回上演されている「十種香」の場面について、ざっくりとしたあらすじをお話したいと思います。上演のさまざまな条件によって内容が若干変わることがありますので、その点は何卒ご容赦くださいませ。
「十種香」の場面の前提情報と全体の流れは前回お話しておりますのでこちらをご参照ください。
幕が開きますと、舞台はきらびやかな長尾謙信の館。上手の間には八重垣姫、下手の間に濡衣が控えていて、それぞれの思い人に心を寄せるひとときを過ごしています。
鮮やかな赤い着物を着た八重垣姫。部屋には、先日切腹したと伝えられている勝頼の姿を描いた掛け軸がかけられています。勝頼を激烈に恋い慕う八重垣姫は、十種類の名香を焚いて懸命に回向しています。
しかし、実は勝頼には一度も会ったことはありません。会ったこともないのですが、素敵で立派な許嫁の勝頼さまに一途に恋し続けています。そういった純情、激情が歌舞伎のお姫様です。いわゆる「赤姫」と呼ばれる役どころの典型的スタイルだと思ってください。
一方、下手の部屋では、腰元の濡衣がなにやらお位牌に向かって手を合わせ、人知れず涙を流しています。黒い着物を着て大人の色香を漂わせる女性です。
実は彼女は花作り箕作とともに長尾家でスパイ活動をしている武田家の腰元。さらには、先日勝頼として切腹してしまった偽勝頼の恋人だったのであります。秘密と悲しみを秘めた大人のワケあり女性というような、八重垣姫とは対照的なキャラクターです。
とそこへ、花作り箕作が艶やかな裃姿で登場します。八重垣姫は赤、濡衣は黒、箕作は紫という鮮やかな色合いが揃い、まるで絵を眺めているようなシーンです。
花作り箕作は現在、武士としてこの館に勤務しています。近ごろ、雇い主である長尾謙信から塩尻への出張任務を命じられました。塩尻にいる諸大名に書状を届けてきてくれというものです。華やかな衣服と刀も授けられ、謙信は一体どういったつもりであるのか読み切れずに苦悩しています。
亡くなった恋人の偽勝頼にそっくりな花作り箕作の姿を見て、思わずしくしくと涙を流す濡衣。一方、八重垣姫もその姿を見て、心が激しく揺らいでしてしまいます。なぜなら、眺めては恋い慕っていた勝頼さまの絵姿と瓜二つであるからです。
思わず縋り付く八重垣姫に対して、花作り箕作は「いやいや人違いですよ…」とそっけなくあしらいます。しかし、もしかしたら本物の勝頼さまなのでは…という心のざわめきをどうしても押えられません。
八重垣姫は恋の道をひたすらに爆走する役割のお姫様ですので、恋心のまま驚くほど大胆な行動に出ます。濡衣に「この方と私の仲を取り持ってほしいの」と頼むのです。
あまりに大胆なお姫様のようすに「とんでもないことですよ」とあきれてしまう濡衣でしたが、ある交換条件を出してこれを受け入れることにします。「頼まれましょう。その代わり、お父様の長尾謙信から『諏訪法性の兜』を盗み出してください」と。
『諏訪法性の兜』は武田家の重宝。ということは絶対、絶対勝頼さまなんだ…!!とますますヒートアップしてしまう八重垣姫。花作り箕作の正体はいかに、というあたりで次回に続きます。
参考文献:歌舞伎手帖 渡辺保/新版歌舞伎事典/床本 本朝廿四孝