ただいま歌舞伎座で上演中の秀山祭九月大歌舞伎!
芝居好き垂涎の演目・配役ですが、上演頻度の高い演目が揃っているため
初めて歌舞伎をご覧になる方にも大変おすすめの公演であります。
夜の部「寺子屋」は、数ある歌舞伎の演目のなかでも屈指の名作。
主君のために子を犠牲にするという忠義の心とその葛藤が描かれています。
大変上演頻度の高い演目ですので、過去には一度あらすじをお話しておりますが
仕切り直してもう少し詳しくじっくりとお話したいと思います。
武部源蔵にまさかのモデルあり
寺子屋は1746年(延亭3年)に人形浄瑠璃として初演された
「菅原伝授手習鑑」という全部で五段ある長い物語の四段目にあたる場面です。
菅原伝授手習鑑の大きなテーマとなっているのは親子の別れ。
浄瑠璃のなかの四段目というのは、
物語の終着点ではないけれども、物語の中でもっともドラマチックな場面である…
ということが多く、
この寺子屋も数々の別れを描いた菅原伝授手習鑑の中でもとりわけ劇的であるために
何度も何度も繰り返し上演されて人気狂言となっています。
国会図書館デジタルコレクション 松王丸・源蔵女房戸なみ・松王女房千代・武部源蔵 香蝶楼豊国
芝居の舞台となっているのは菅丞相の家臣であった武部源蔵の寺子屋。
武部源蔵はやがて学問の神ともなる菅丞相から筆法を伝授された人物でありますが、
共に菅家に勤めていた戸浪とオフィスラブのち駆け落ち、
菅秀才のためならば他人の子をも切る…という、教師らしからぬ危険性も兼ね備えています。
実はこの武部源蔵には意外なモデルがいたようです。
その名も建部伝内賢文(たてべでんないかたぶん、たけべかたぶみとも)
書道の伝内流の流祖であり、室町時代の末期から江戸初期にかけて活躍した書道の大名人であります。
建部伝内賢文は豊臣秀吉の右筆、徳川家康の初代右筆を務めた人物で、
それはそれは卓越した技術で大変な評判を得ていたそうであります。
日本のダヴィンチともいわれるあの本阿弥光悦に
勝るとも劣らないと評されたいう逸話も残っているほどの名書家です。
「字が綺麗」ということが社会的地位や信頼に大きな影響を与えた時代における
伝説の人物として語り継がれてきたのだと思われます。
菅原道真をモデルとする菅丞相と建部伝内賢文をモデルとする武部源蔵は、
まさしく「神様と名人の共演」といったイメージでしょうか。
江戸時代の寺子屋においては菅原道真を天神様として祀り、
縁日の二十五日をお休みにまでしていたそうですので、
「寺子屋を営んでいる武部源蔵」という情報だけでも
江戸時代の人々にとってはたいへん示唆的であったのであろうと思われます。
恥ずかしながらこのすえひろは尋常ならざる悪筆であるため、
菅丞相と源蔵をお守りにして手習いにでも励もうかなあと思います!
参考文献:歌舞伎登場人物事典/