新型コロナウイルス感染拡大の影響で、4月11日から香川県は琴平町で開催の予定であった第三十六回四国こんぴら歌舞伎大芝居が中止となってしまいました…
金丸座は江戸時代のようにみなさんでぎゅうぎゅう詰めになって楽しむ芝居小屋ですのでやむを得ないことかと思いますが、この公演を作り上げる町の方々の思いや打撃を想像すると残念でなりません…
歌舞伎座でも、新型コロナウイルス感染拡大の影響で三月大歌舞伎は全日程が中止に。
昼の部の「新薄雪物語」は仁左衛門さんと吉右衛門さんのご共演とあって非常に楽しみにしておりましたが、残念ながら見ることは叶いませんでした。。
中止が発表されるまえに少しお話しかけておりましたので、せっかくですからこのまま引き続きあらすじやみどころなどお話してみます。
「新薄雪物語」は古典の名作のひとつですので、配役は変わると思われますが必ず上演されるはずです。その際に何らかのお役に立てればうれしく思います。
うららかな花見の風景
新薄雪物語(しんうすゆきものがたり)は、1741年(寛保元)5月に大坂は竹本座にて人形浄瑠璃として初演され、その3か月後に歌舞伎に移されて京都の早雲座で初演された演目。
17世紀に刊行された人気小説であった仮名草子の「うすゆき物語」や、それに続いて出版された浮世草子の「新薄雪物語」を題材としたものであります。
本当にざっくりとお話いたしますと、
①若い男女が互いに相思相愛になるのだが、
②いろいろあって天下調伏の疑いをかけられてしまい、
③それぞれの父親が命をかけて二人を守ろうとする
というものです。桜の花の咲き乱れる美しい舞台のなかで繰り広げられる、重厚な悲劇であります。子が親のために命を差し出す芝居はたくさんありますが、親が子のために…という芝居は割と珍しいものです。
主軸はシンプルなのですが人間関係はいろいろと複雑。
詳しいことはさておいて、登場人物の見た目でどんな人なのか判断しながら見ていくと内容がわかりやすくなるのでおすすめです。
それでは今回上演される予定であった花見・詮議・広間・合腹の順に、舞台の上で起こるはずのことを少し詳しくお話していきたいと思います。
発端の「花見」①では、来国行が影の太刀を状況の奉納しようとしているという状況の説明と、薄雪姫と園部左衛門の登場までお話いたしました。薄雪姫には腰元の籬、園部左衛門には奴の妻平というお付きの人がいます。
刀鍛冶の来国行と奴の妻平とともに清水寺に到着した園部左衛門は、いかにも美男という雰囲気の青年。道すがらみんなで桜の花を愛でつつ、出迎えた住職に大切な影の太刀を渡しました。
来国行は住職とともに先に中へと入っていきましたが、園部左衛門と妻平は見事な桜を一枝折らせてもらうことになり、どれにしようか…とうきうき品定めを始めます。
二人が短冊のついた一枝を選びとり手折って眺めているところへ、先ほどの薄雪姫一行がぞろぞろと現れました。
薄雪姫と左衛門がハッ…と恋の気配を漂わしながらもモジモジしているところ、腰元の籬がまあまあ私に任せてくださいというようすで奴の妻平に声を掛けます。
どうやら籬は左衛門に用事があるようす。
「その桜の枝はわざわざ人に取らせないように短冊を結んでおいたものなので、元の通りに戻して返してください。なおかつ、姫君さまのご機嫌の直るように、姫君さまのおそばへいって直接おっしゃってください」というのです。
渋る左衛門に、妻平もまた「ぜひそうするように」とすすめます。
実はこの籬と妻平は恋人同士。
互いに仕える薄雪姫さまと左衛門さまの恋を成就させたくて二人で画策しているのであります。
しかしながら左衛門は堅物ゆえ渋り、薄雪姫も恥じらって、もじもじもじもじとして一向に進みません。
もどかしくなった籬は左衛門に対し直球で「姫君さまと夫婦になってくださいな」と迫り、妻平も説得をしますが、左衛門は互いの家のことなど気にかけておりなかなか承知しません。
ちゃらちゃらせず物堅いところも左衛門さまの魅力なのかなと思います。
しかし籬と妻平はなかなかの過激派で、最終的には薄雪姫に「夫婦になってくれなければここで死にますから!」という演技をさせます。
そこまで言われてしまっては、左衛門も承知せざるを得ません。
こうして二人の恋はなんとか成就するのでした。
脅しのような方法ですが左衛門もまんざらでもないようすですから、あと一押しが欲しかっただけなのかもしれません。
そんなことをしているうち、左衛門はそろそろ本堂へ行かねばならない時間となります。
薄雪姫は左衛門に「刃」と「心」という字、
「下の三日に園部の左衛門様参る。谷影の春の薄雪」
と書いた色紙を渡します。
一体なんなんだそれはと思うところですが、これは「二十三日に忍んで館に来てくださいね」というメッセージ。難解です。
驚くべきことに左衛門さまはこのメッセージの意味をすべて察して本堂へと入っていき、しあわせいっぱいの薄雪姫一行は館へ帰っていきます。
ややあって、奉納された影の太刀が入った箱を住職が表に掲げてある額にかけて立ち去りました。すると、花道よりなにやらうつろなようすの男がとぼとぼと歩いてきます…
この人物は来太郎国俊(らいたろうくにとし)なる男。
刀鍛冶の来国行の息子なのですが、今は勘当の身となっています。どうか勘当を許してもらえますようにとこの清水寺へ願掛けに訪れているのです。
そんな国俊が登場したタイミングで、驚異的なタイミングの良さを発揮して来国行が登場。偶然の対面が叶います。日々懸命にお参りしていたためでしょうか、よかったですね。
息子の姿を見た国行は「『国俊』という銘の刀を見事に打つことができたなら勘当を許してあげよう」と告げ、それを受けて絶対になにがなんでも頑張らなければ…!!と気合の入った国俊は、その場を立ち去ってゆきます。
そのようなくだりを経て一時的に人目がなくなった清水寺の境内へ、何やら見るからに怪しげなる男が現れました…
これはいったい誰なのか?というところで次回へ続きます!
参考文献:新版歌舞伎事典/床本集/増補版歌舞伎手帖/歌舞伎登場人物事典/日本大百科全書(ニッポニカ)