歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

広告

やさしい 歌舞伎十八番の内 毛抜 その三 江戸の科学!磁石のからくり

ただいま新橋演舞場で上演中の初春海老蔵歌舞伎

海老蔵さんとともにぼたんさん勸玄さんもご出演とあって、チケットが瞬く間に完売してしまった大人気の公演であります。

1月17日(日)の千穐楽はオンラインにて生配信される予定であり、全国の方が待ちわびておられるのではないかなと思います。しかも歌舞伎法興行で初めての試みということですから見逃せません。実に楽しみですね!

今回上演されるお芝居のひとつに「歌舞伎十八番の内 毛抜」というものがあります。クセ強めの主人公が登場する、明るく朗らかで愉快な演目です。

今回初めてご覧になる方も多いかと思い、少しばかりお話しております。当日の予習などにお役立ていただければ幸いです。

あらすじはこちら

www.suehiroya-suehiro.com

役どころについて

www.suehiroya-suehiro.com

江戸の科学!磁石のからくり

毛抜(けぬき)は、市川團十郎家の家の芸を十八集めた「歌舞伎十八番」のうちのひとつです。粂寺弾正(くめでらだんじょう)という男が、お姫様を悩ませる問題を解決する物語です。

 

f:id:suehirochan:20210113210949j:plain

鑷 粂寺弾正 一陽斎豊国 国立国会図書館デジタルコレクション

お姫様を悩ませる問題というのは「髪が逆立つ奇病」でしたが、粂寺弾正はヒゲの手入れに使用した毛抜がひとりでに動き出したことから、「これは髪飾りに使われている鉄が天井裏の磁石と反応しているのでは」と推察。天井裏に潜んでいた巨大磁石を抱えた忍びを見つけ出し、見事一件落着!という筋立てでした。

終始大らかな雰囲気でありながら、毛抜をきっかけにいきなり科学的なトリックが披露されるというぶっ飛んだ展開が魅力です。

 

天井裏から落ちてくる忍びが抱えている巨大磁石にも様々なパターンがあるそうですが、今日では見栄えの良い巨大な羅針盤を抱えている場合が多いように思います。

羅針盤は冷蔵庫に張るマグネットのように使うものではありませんから、いくら巨大だからといって、毛抜やかんざしに含まれる鉄をぐいぐい引き付けるというのはおかしな話です。さらに言えば、毛抜などの小物の前に腰や手元の刀がばちーんと天井に張り付くはずなのですが、実際ビクともしておらず、ツッコみどころ満載であります。

 

それくらい江戸時代の人々にとっては、羅針盤や磁石といったものがナゾめいた不思議な代物であったのかなと思われます。

そもそも強い磁力を持つ磁石は、国産ではなく外国産のものだと考えられていたそうですから、異国の奇天烈な魔術を見るような思いであったかもしれません。

当時の人々がどういった感覚でこの「毛抜」を見ていたのか気になるところです。結構本気で驚いていたのではないかと想像します。

 

「毛抜」の磁石のトリックは浮世草子の「金玉(きんぎょく)ねぢぶくさ」が元ネタと考えられています。

①武田信玄の軍師・山本勘助が、

②囲炉裏の五徳がびりびりと振動したのを察知

③銅の五徳と入れ替えたり場所を変えたりして確認し

④悪者が天井裏に磁石を仕込んだのを見抜いた

というおはなしです。

これもまたなんだかツッコみたくなってしまう内容なのですが、おそらく当時の人々は勘助さすがであるなと感心していたのではないでしょうか。

江戸時代の人々にとって、「強力な磁石」というものが相当の魅力を放っていたことは事実のようです。

 

参考文献:歌舞伎登場人物事典/歌舞伎十八番 河竹繁俊

Copyright © 2013 SuehiroYoshikawa  All Rights Reserved.