ただいま歌舞伎座で上演中の三月大歌舞伎!
第二部で上演される「雪暮夜入谷畦道 直侍」は名作者河竹黙阿弥の作で、世話物と呼ばれるジャンルの名作として知られています。今月お勤めになっている菊五郎さんの直侍は、本当にしびれるようなカッコよさでたまらないものがあります。
先日、以前こちらのブログでお話したものをまとめました。
少しお話を加えていきたいと思います。何らかのお役に立つことができれば幸いです。
庶民のグルメ「二八そば」
雪暮夜入谷畦道(ゆきのゆうべいりやのあぜみち)は元の外題を天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)といって、1881(明治14)年3月に東京の新富座で初演されたお芝居。明治7年初演の作を前身とします。
うち実在の悪党をモデルとした片岡直次郎を主人公とする名場面が「雪暮夜入谷畦道(ゆきのゆうべいりやのあぜみち)」あるいは「直侍(なおざむらい)」の題名で今も上演されています。
主人公は、悪事のために追われ今夜中にも江戸を発たねばならないという状況にある片岡直次郎という男。降りしきる雪のなか、直次郎に会えず体調を崩して寮で養生している恋人の花魁・三千歳のもとへ向かうというお話です。
印象深いのは、凍えるような寒さのなか入谷へやってきた直次郎が立ち寄る蕎麦屋のシーンであります。外の寒さが際立つような店の風情に直次郎の粋な食べっぷりが映える名シーンです。
直次郎のカッコよさはもちろんのこと、入谷田圃で小さな蕎麦屋を営んでいる夫婦のようすも味わい深いですね。
今月、幸運なことにかなり前方で拝見する機会がありまして、このお蕎麦さんのオペラグラスでお品書きをまじまじと見ることができたのですが、筆文字ではっきりとは読み解けませんでしたが、だいたい二十八文~三十二文くらいの価格帯のお蕎麦とお酒を出しているようでした。江戸時代のお金の価値の考え方は複雑で、ちょっと相場がわからないのですが。
江戸時代のお蕎麦屋さん事情を調べてみますと、入り口に「二八」と書かれていることから、このお店は高級店ではなく庶民的なお店であることがわかるようです。
現在「二八そば」は、だいたいそば粉8に対してつなぎの小麦粉2の割合で作られたそばのこととされていますが、その由来については諸説あり、19世紀後半の慶応年間に2×8=16文の蕎麦という江戸っ子の洒落で「二八そば」と言われだしたという説が有名です。
さらに時代が下りますと、そば粉2小麦粉8という少し質の劣るものも増えていき、「二八そば=安いそば」の代名詞になったそうであります。歌舞伎座近くの立ち食いそば店ではたしかきつねそばが360円くらいだったと思いますので、そのくらいの価格帯のイメージでしょうか。
反対に高級店では、そば粉100%という意味で「生そば」と看板を掲げたそうです。芝居ばかりでなく、浮世絵や時代劇を見る時にも役立ちそうですね。現代のお蕎麦屋さんのお蕎麦の質とこの価値観とは無関係ですので、何卒ご容赦くださいませ。
先ほど、前方の席からお品書きをまじまじと見ることができたというお話をいたしましたが、今月はもうひとつおもしろいものを発見いたしました。
「隣の人と盃を酌み交わすことお断り」というような内容が書かれている貼り紙が、直次郎の後ろのあたりに貼られていたのです。しかも「盃」の部分は盃の絵になっていて、さながら江戸時代の判じ物のようでありました。
これはもしやコロナ対策の洒落なのかな?と、大道具の方々の粋な遊び心に感じ入った次第です。以前よりあるものなのかと芝居仲間の方々にも聞いてみましたが、皆さん心当たりはないとのことで、洒落説が濃厚であります。近くで見なければわからない遊び心が、ほかにもいろいろ隠されているのやもしれませんね。
参考:和・洋・中・エスニック 世界の料理がわかる辞典/東京都麺類協同組合