歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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やさしい桜姫東文章 その二 T&T応援団の熱狂

ただいま歌舞伎座で上演中の四月大歌舞伎

第三部「桜姫東文章」は、孝夫時代の仁左衛門さんと玉三郎さんが孝玉コンビとして熱狂を巻き起こした伝説の舞台で、お二人による上演は1985年いらい実に36年ぶり。チケットも入手困難となり大きな話題を呼んでいます。

このすえひろもその一人なのですが、この演目を生で見るのは今回が初めてという方も大勢おいでのことと思われますので、上演を記念してお話してみたいと思います。

今月は上の巻として「三囲の場」までが上演され、続く場面が六月に下の巻として上演される運びです。ですので今月は上の巻にまつわる部分をお話いたします。なんらかのお役に立てればうれしく思います。

T&T応援団の熱狂

桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)は、大南北と呼ばれた江戸の鬼才・四世鶴屋南北の代表的な作品の一つです。

一言で申せば、愛した稚児を失った高僧・清玄と、自らを犯した釣鐘権助に惚れたお姫様・桜姫が、因果の渦に飲み込まれ転がり落ちていく物語であります。高僧は破戒して怨霊となり、姫は権助によって女郎屋に売られるという、複雑怪奇かつアウトローな世界観が魅力です。

 

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その一では、「桜姫東文章」は江戸時代の初演からずっと上演を繰り返してきた作品ではなく、昭和初期~戦後以降に再評価されて盛り上がり今に至る作品というお話をいたしました。

 

なかでも昭和50年(1975年)6月の新橋演舞場での上演から昭和57年(1982年)2月南座での上演までに起こった観客の間での一大ムーブメント「T&T応援団」は現在でも語り継がれる伝説的なものです。T&Tとは、本名の孝夫を名乗られていた仁左衛門さんと玉三郎さんのこと。いわゆる「孝玉」と呼ばれるコンビであります。

 

当時花形歌舞伎での共演で一部に注目されていたお二人による南北物が見たいと切望した女性三人組が、「名作歌舞伎全集」を全巻読破のうえで「桜姫東文章」に着目。「孝夫と玉三郎にはこれが最適」と思い、なんと毎月新橋演舞場に通ってアンケート用紙の束を持ち帰り、希望を書き続けたのだそうです。猛烈な行動力です。

 

このアンケートによるものとは限りませんが、活動開始から四年後の昭和50年(1975年)6月、桜姫を玉三郎さん、釣鐘権助を孝夫時代の仁左衛門さん、清玄を團十郎さんと言う配役で見事「桜姫東文章」の上演が決定したのであります。

この新橋演舞場公演は大当たりして約2年後に南座でも再演。三人の写真を掲載したポスターが初日と同時に売り切れるなど、猛烈な熱狂を巻き起こします。

 

熱量といい選出のセンスといい、2020年時点のファンからすると感謝しきりの素晴らしい活動です。しかしながら、この時お三方が希望していたのは「孝夫が清玄・釣鐘権助二役」という上演であり、この点はまだ叶っていませんでした。

さらに昭和53年(1978年)の10月に上演された新橋演舞場「桜姫東文章」には、孝夫時代の仁左衛門さんは出演すらしなかったのであります。

 

それを受けて「まず東京で片岡孝夫の名前を認知させよう」と考えたお三方は、雑誌「演劇界」の投書コーナーなどを通じて呼びかけを行い、いよいよ「T&T応援団」を結成するのです。

役者さん本人はもちろん、後援会や劇場等すべてノータッチの自然発生団体であり、お二人からの認知や交流を求めるのではなく、ただひたすらに「孝夫と玉三郎の共演を応援する」という特殊な性質のものだったそうです。

 

T&T応援団は会報誌を発行して劇場で配布、南座の支配人に共演作上演の要望書を出すなどの活動を行い、4年後の昭和57年(1982年)2月、みごと玉三郎桜姫に孝夫清玄・権助二役(プラス頼国)の「桜姫東文章」の上演を叶えたのであります。

今月復刻版が販売された大倉舜二氏撮影のポスターはあちこちで剝がされ、劇場には若い観客が詰めかけ、なんと千穐楽が一日延びるという異例の措置がなされました。さらには、千穐楽の切口上で客席から舞台へたくさんの花束が投げ込まれるという、歌舞伎の舞台ではまずありえないような盛り上がりだったそうです。

 

SNSの発達している現在でも、お二人による南北物が見たいという一念だけで人々の間にこれほどの熱量を起こすのは難しいのではないでしょうか。お二人の魅力がそれほどまでに鮮烈であったというのはもちろんですが、T &T応援団の方々の行動力にも驚かされます。

T&T応援団の方々のご活動が、今月の仁左衛門さんと玉三郎さんの36年ぶりの「桜姫東文章」を一層特別なものにしてくださっていると思います。

私自身は生まれる前の出来事で参加しようもないのですが、当時の熱狂の中にいらした方々のことを本当にうらやましく思います。念願かなって今月の上の巻を拝見したときには、まずT&T応援団の方々おひとりおひとりに心の底から感謝したいと思いました。

T&T応援団の方々も歌舞伎座で今月の上の巻をご覧になっているでしょうか。僭越ながらこの場にてこのようにご紹介させていただきました。ありがとうございました。

 

当時の状況や、T&T応援団のその後の活動についてはこちらの書籍に詳しく記されています。細かな具体的情報が満載の本ですので、ぜひにとおすすめいたします。

花のひと―孝夫から仁左衛門へ

花のひと―孝夫から仁左衛門へ

  • 作者:宮辻 政夫
  • 発売日: 1999/09/01
  • メディア: 単行本
 

参考文献:新版歌舞伎事典/歌舞伎手帖/櫻姫東文章/花のひと 宮辻正夫

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