現在歌舞伎座で上演されている七月大歌舞伎!
第二部で上演されている「御存 鈴ヶ森」は、菊之助さんの白井権八に吉右衛門さん代役の錦之助さんの幡随院長兵衛という配役。闇夜に浮かび上がるような美しさでした。
濃厚接触者にあたる可能性があり大事を取って休演されていた片岡亀蔵さんも、16日より舞台に復帰なさっています。ご無事で何よりです!
「御存 鈴ヶ森」は、上演頻度の高い演目ゆえ過去にもお話したものがあります。下記の通り先日まとめましたが、肝心の内容についてはあまりお話していませんでした。
今月少しばかりお話を足していきたいと思います。何らかのお役に立てればうれしく思います!
ざっくりとしたあらすじ④
御存 鈴ヶ森(ごぞんじすずがもり)は、大きな物語的展開は特にないにもかかわらず、200年近く愛され続けているという歌舞伎らしい不思議な魅力にあふれた演目です。
国立国会図書館デジタルコレクション 豊国「東海道五十三次の内 川崎駅 白井権八」
文政6年(1823)江戸は市村座で初演された、四世鶴屋南北作「浮世柄比翼稲妻(うきよづかひよくのいなづま)」の二幕目にあたる部分です。
もともとは享和3年(1803)江戸は中村座にて初演された初世桜田治助作「幡随院長兵衛精進俎板(しょうじんまないた)」の一幕であったところを、大南北と呼ばれた名作者の鶴屋南北がカッコよく仕上げたといったところでしょうか。
お尋ね者の若衆が治安の悪そうな薄暗い道に通りかかり、
案の定、強盗まがいのことをしている男たちにつかまってしまうが、
すばらしい腕前で男どもを散々に斬り倒してしまった。
と、そこへたまたま通りかかった苦み走った男が駕籠から顔を出し、
「お若えの、お待ちなせえやし…」と話しかける。
若い男は「待てとお止めなされしは…」と答えて云々…
という、二人の男の出会いを描いたワンシーンだけのお芝居なのに、とにかくカッコいいので人気があります。
「御存(ごぞんじ)」と冠されているのは「皆さんお馴染みのアレですよ」という意味合いのようで、観客が全てを知っている前提でノーヒントのまま芝居が進んでいきますが、2021年においても皆さんお馴染みなのかというとそうとも言えないのではないかと思います。
ですので、ゆっくりとあらすじをお話してまいります。都合上、内容が前後したりする場合もありますのでご了承ください。
③では、雲助たちが白井権八というお尋ね者の賞金首情報を入手。そんなところへ通りかかった前髪の美少年・白井権八に出くわし、束になって襲い掛かったところ、鮮やかな剣さばきで次々に倒されてしまったというところまでお話いたしました。
そこへ通りかかった一挺の駕籠の中から、一人の男が権八のようすをじっと見ていました。
立ち去ろうとしたところを、男から「お若えの、お待ちなせえやし」と呼び止められた権八。「待てとお止めなされしは…」と緊張感をもって振り返ると、男は、あまりに見事なお手並みに見惚れておりやしたと独特の包容力を持って語ります。
権八がいま地元を出て奉公先を探しに江戸に向かっているんです、と明かすと、男も自分の素性を語り出します。実はこの男こそ、花川戸の幡随院長兵衛。江戸から権八の地元である現在の鳥取県にまで名の知られた侠客の親分だったのです。
話をしているうち、ふと拾った書状から、権八が懸賞金のついたお尋ね者であることが幡随院長兵衛にも知れてしまいます。しかし幡随院長兵衛はそれもこれもすべて飲み込み、提灯の火で書状を焼き払ったうえで、江戸にいる間は私があなたの面倒を見ましょうよ、と申し出てくれたのです。
幡随院長兵衛のさすがの男気に感じ入った権八は、その申し出を受け入れます。
そうしているうち夜が明け、二人は江戸を目指して歩き出すのでした…
と、ここまでで舞台の上で起こることをざっとご紹介いたしました。これだけと言ってはなんですが、本当にこれだけの出来事であります。
それなのにカッコいい人気の場面として200年以上愛されているというのは、歌舞伎ならではのおもしろい現象だと思います。演出やセリフのなかに役者さんの芸が光る、練り上げられた名場面です。
参考文献:新版歌舞伎事典/歌舞伎手帖/江戸の事件現場を歩く