歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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やさしい曾根崎心中 その七 ざっくりとしたあらすじ⑤

ただいま京都は祇園四条の南座で上演中の

京の年中行事 當る寅歳
吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎

第一部「曾根崎心中」は昨年2020年に亡くなられた坂田藤十郎さんの三回忌追善狂言としての上演で、御子息の鴈治郎さんと扇雀さんが徳兵衛とお初をお勤めになります。

数年に一度程の上演頻度ではありますが、名作ですのでこの機会に少しばかり演目についてお話したいと思います。芝居見物や配信の際など何らかのお役に立てればうれしく思います。

ざっくりとしたあらすじ⑤

曾根崎心中(そねざきしんじゅう)は、元禄16年(1703)5月に大坂の竹本座にて上演された人形浄瑠璃の演目です。16年後の享保4年(1719)4月に江戸の中村座で歌舞伎として上演されました。

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霜釖曽根崎心中 天満屋おはつ・平野屋徳兵衛 国立国会図書館デジタルコレクション

 

日本のシェイクスピアと称されることもある浄瑠璃作者の近松門左衛門が、同年に実際に起こった心中事件を題材にして作った世話浄瑠璃です。

世話浄瑠璃というのは、市井の人々の暮らしのなかで起こる悲劇的ドラマのことで、曽根崎心中がその第一作であります。現代の我々が、武士の世界や政治・歴史などだけではなくて市井の人々の人生模様も味わえるのは、大変貴重で豊かなことだと思います。

 

そんな曽根崎心中のあらすじについてごく簡単にですがお話してまいります。上演のタイミングや形式によって内容が変わったり前後したりすることがありますので、その点は何卒ご容赦ください。

 

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④では場面が夜の天満屋に移りました。徳兵衛の悪い噂が広まりお初がしょんぼりとしているところへ、徳兵衛を探している伯父・平野屋久右衛門が訪ねてきて、そのあとで当の本人である徳兵衛もまた天満屋へやってきたという場面です。徳兵衛はすでに、とある覚悟を決めているようでした。

 

お初はひとまず打掛の裾の中へと徳兵衛を隠し、中戸から内へと入っていき、そのまま縁側へ腰かけて、なんでもないように煙草をくゆらせはじめます。その隙に徳兵衛は、縁の下へと移って身を隠しました。

 

そんなところへ、あの油屋九平次が取り巻きを連れてどかどかと天満屋へ入ってきて、「お初の客の平野屋徳兵衛の野郎がな、俺が落としたハンコを拾ってニセ手形まで作ってかたりをしようとしたんやぞ、あいつの言うこと信じたらいかんぞ、お前らわかったかオラオラ」などと、周りの人々へ言いふらしはじめます。

縁の下でこれを聞いている徳兵衛は怒りに震え、今にも飛び出して殴りかかりたいほどに血の気が走ってしまいますが、お初は足先で必死に徳兵衛を押し鎮めて辛抱させています。

客席からは、縁の下の徳兵衛の姿と縁側のお初、そして天満屋の中の九平次が同時に見えていますから、スリリングなシーンに映ります。

 

九平次の悪口を聞いたお初は、きっと徳さまは私に惚れている誰かさんにはめられたんでしょうね…などとしながら、こうなったからにはは徳さまも死なねばならぬことでしょう…と言います。なぜなら、身の潔白を訴えるには死ぬしかないという考え方があったからです。

 

そしてその言葉に続けて「死ぬる覚悟が聞きたい…」と続けます。

これはお初から、縁の下に隠れている徳兵衛に向けたメッセージです。

すると徳兵衛はお初の足首を取って自分の喉笛を撫で、首を切るしぐさ、つまり死ぬ覚悟であるというメッセージを返します。

 

急に死を口走ったりしてお初がおかしなようすなので、九平次はぎょっとしてしまいます。徳兵衛が死んだら俺が身請けしてやるからよ、お前も俺に惚れてるんだろ、などと言いますが、お初はこれをせせら笑って、「どうで徳さま死ぬる覚悟、わしも一緒に死ぬるぞいの」と独り言を呟きます。

 

これはもちろん縁の下の徳兵衛に向かってのメッセージであり、徳兵衛お初の足を抱きしめて涙を流します。華やかな天満屋の中で、お初徳兵衛が心中の覚悟を無言のうちに伝えあっている、とてもドラマチックなシーンです。

 

しかし九平次には何が起こっているかさっぱりわかりませんので、お初がなんだか不気味な女に見えてきます。まあまあ仕切り直して奥で飲み直そうよと、取り巻きを連れて奥へと入っていきました。

 

うるさい九平次も場を変えたので、店の主人の惣兵衛は、今日はもう店じまいにすることとして、従業員たちにクローズ作業をするよう促します。行燈を消したり、入り口に当時の鍵をかけたり、のれんをしまったりといった作業ですね。

惣兵衛から「お初ももう寝なさい」と言われたお初は、旦那さんおやすみなさいと言って、二階の自室へと帰っていきます。

 

お初は死ぬ覚悟ですから、長らくお世話になった天満屋のやさしい旦那さんである惣兵衛ともこれが一生の別れです。惣兵衛にとってもお初は大切な抱えの遊女であり、手厚く育ててきたはずですが、これが別れとは夢にも思わないでしょう。

果たしてお初徳兵衛はどうなってしまうのかというあたりで次回に続きます。

 

参考文献:新版歌舞伎事典/歌舞伎手帖/名作歌舞伎全集第一巻

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