歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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やさしい義経千本桜 渡海屋・大物浦 その九 ざっくりとしたあらすじ④ 渡海屋

ただいま歌舞伎座で上演されている二月大歌舞伎

第二部「義経千本桜 渡海屋・大物浦」は、片岡仁左衛門一世一代にて相勤め申し候と銘打たれている舞台です。これはつまり仁左衛門さんが、主役の新中納言知盛の演じ納めをなさるという意味であります。もう二度と見ることのできない大変貴重な舞台です。

この演目については以前にもお話したものがいくつかありますが、この機会に改めてお話してみたいと思います。芝居見物や配信のお役に立つことができれば幸いです。

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ざっくりとしたあらすじ④ 平知盛幽霊なり

義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)は、「義経記」や「平家物語」などの古典作品と、その影響で生まれた謡曲などを題材とした演目です。

ざっくりといえば「壇ノ浦で義経に滅ぼされた平家のさむらい達が実は生きていて、兄頼朝に追われる身となった義経への復讐を誓う(が、叶わない)」という内容。これを、壮大な悲劇、親子の情愛などなど様々なテイストの名場面で描いていきます。

・栄華の極みから凋落し西海に散った平家

・才を持ちながら流転の身となった義経

この二つの悲しみ、世の中のままならなさは、江戸時代の人ばかりでなく現代人の感情をも突き動かすように思います。

 

全五段ある義経千本桜のうち、渡海屋・大物浦(とかいや・だいもつのうら)の場面は、二段目の中・切にあたります。舞台は壇ノ浦に滅んだ平家の運命を感じさせる荒涼とした海辺です。

簡単な内容としては、

①幼い安徳天皇を守りながら廻船問屋の主人に身をやつして生きてきた平知盛が、ついに義経を襲うチャンスを得るのだが、

②憎き義経の命を奪うことはできず敗れ、

③安徳天皇は義経に託されることになり、

④入水して果てる

というもの。血みどろになった知盛が、碇を巻き付けて海へと飛び込んでいく入水のシーンは壮絶かつ美しく、あまりにも悲しい名場面です。

 

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大日本六十余州之内 淡路 新中納言平知盛/国立国会図書館

 

演目の内容について、詳しくお話しております。お勤めになる方によって演出が変わったり、内容が前後したりすることがあります。その点は何卒ご了承くださいませ。大まかな流れとして捉えていただければ幸いです。

 

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③では、鎌倉方の追っ手という相模五郎入江丹蔵が、銀平にいとも簡単にやっつけられ、「魚づくし」のセリフで去っていったところまでをお話いたしました。「魚づくし」はこの演目の中で唯一心ほぐれる貴重なポイントです。

相模入江の来訪で鎌倉方の追っ手が近づいていることが知れたため、義経一行の出船を急ぐ必要があります。銀平はその準備のために一間へと入っていったのでした。

 

銀平の退場と入れ違いに、奥の一間から義経と従者たちが現れます。

義経はピンチを救ってくれた銀平の対応にいたく感謝しています。「今は兄頼朝から謀反の疑いをかけられ西国へ逃げる身となってしまったが、世が世の時の義経ならば銀平を武士に引き上げたのに…」と、わが身の無念にはらはらと涙を流します。

義経という存在はとにかく、平家を滅ぼした優れた武将なのに兄に疎まれ都落ちの憂き目に遭っている、という悲しみを背負った貴公子として描かれています。一見線が細く見えるかもしれませんが、決して弱いのではないと思います。考えれば考えるほど特殊な役どころです。

 

そんな義経の言葉をありがたく受けたお柳は、それはそうと北条の家来が戻ってきたら危ないので、一刻も早く出発した方が良いですよと出船を勧めます。

義経の従者たちは、船を出すには天気が悪そうですが大丈夫ですかと心配しますが、夫の銀平の目は確かなので大丈夫ですとお柳。ここからお柳による夫銀平の自慢話が始まります。

ある晴れた日、つかえていた洗濯物を一気に洗っていたら、夫から「こんな日に洗濯をしてどこで干すんだ」と言われてしまいました。阿呆らしいことを言う人だなと思っていたら、本当にみるみるうちに雲がたれこめてにわか雨が降ってきたんですよ、本当にうちの夫は船と日和を見る大名人…というものです。

お柳の役者さんの大きな見せ場のひとつで、おしゃべりな主婦の話という味わいですから、この後に続く場面との対比がおもしろいところです。

 

それならと義経一行は祝いの盃を交わし合い、支度を整えて渡海屋をあとに、船着き場へと向かって行きました。

あたりは日暮れとなり、灯明に火を灯したお柳は、奥にいた娘のお安を呼び出します。

先ほど一間へ入っていった銀平の支度が遅いので、お柳が「もし銀平殿、銀平殿」と呼ぶと、舞台の上の気配がぴりりと張り詰めます。

仁左衛門さんの知盛では演出によりカットされますが、「そもそもこれは桓武天皇九代の後胤 平知盛幽霊なり」という能の謡のような下座が聞こえてくる場面です。元ネタの能「船弁慶」によったもので、ただならぬ気配が感じられます。

 

そして上手の屋台の襖がサッと引き抜かれると、白柄の長刀に優美な白銀の狩衣を身に着け、船頭姿とは様変わりした渡海屋銀平実ハ新中納言知盛が姿を現すのでした。

これは一体どういうことなのかというあたりで次回に続きます。

 

参考文献:新版歌舞伎事典/歌舞伎手帖/国立劇場上演資料集649/国立劇場上演台本

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