歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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やさしい義経千本桜 鳥居前 その五 クライマックスの狐忠信

ただいま国立劇場で上演中の令和4年10月歌舞伎公演『通し狂言 義経千本桜』

名作「義経千本桜」の主役 新中納言知盛・いがみの権太・狐忠信の3役を、菊之助さんがお一人でお勤めになるという記念すべき公演です。2020年3月に小劇場での上演が予定されながらもすべて中止となりましたが、大劇場でようやく上演されています。

これまで「義経千本桜」についてはたくさんお話してまいりましたが、鳥居前の場面はまだお話していなかったことに気が付きました。せっかくの機会ですので、少しばかりお話したいと思います。何らかのお役に立つことができれば幸いです。

クライマックスの狐忠信

義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)は、「義経記」や「平家物語」などの古典作品と、その影響で生まれた謡曲などを題材とした演目です。

延享4年(1747)11月、大坂は竹本座にて人形浄瑠璃として初演されました。当時の人形浄瑠璃において大ヒットを連発していた竹田出雲三好松洛並木千柳の合作によるものです。その評判は人形浄瑠璃浄瑠璃から歌舞伎、大坂から江戸へと急速に広がり、今に至るまで屈指の人気作として上演が重ねられています。

 

鳥居前の場面は、物語が全五段あるうち二段目の初めにあたる部分です。

簡単な内容としては、

①平家滅亡後、鎌倉とのゴタゴタがあり、義経一行は都を離れることに

②義経の愛妾・静御前が追いついて、自分も連れて行ってくれと追いすがる

③義経は静御前に自分の形見として後白河法皇からの褒美「初音の鼓」を与え、西国へと落ち延びていく

④義経の家来の佐藤忠信が静御前の守護をすることになったが、何やらようすがおかしい…

というもの。ほかの場面に比べると劇的な展開があるわけではありませんが、くまどりや独特の動きなど、歌舞伎ならではの様式美を堪能できる名場面です。

 

ここまで3回に分けてあらすじをお話してまいりました。

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義経の家臣・佐藤四郎兵衛忠信に化けて静御前のお供となった子狐は、義経千本桜のクライマックス「河連法眼館の場」にも登場します。この場面ではどんなドラマが展開するのか、ごく簡単にお話いたします。

 

都へ戻った静御前は「吉野山の河連法眼の館に義経が匿われている」という情報をキャッチ。お供の佐藤四郎兵衛忠信とともに館へと向かいます。

するとどういうわけか、佐藤四郎兵衛忠信を名乗る別の男が先に館に駆け付けていました。その男いわく、自分は母の看病をしていため静御前のお供をしていた覚えはないとのこと。これは一体どういったわけでしょうか。

 

「そういえばお供の忠信は、鼓を鳴らすとどこからともなく現れたな…」と気づいた静御前は、ぽぽぽぽぽ…と鼓を鳴らしてみます。すると、どこからともなくお供の忠信が出現。怪しき者として討ち取ろうとした静御前に、お供の忠信は切々と身の上を語り始めました。

 

桓武天皇の御代、雨乞いのために作られた「初音の鼓」。自分はその材料の皮にされた夫婦の狐の子で、そのため幼いころから親はなく、孝行のひとつもしたことがないのだと。親を慕い、他の生き物たちのように自分も親孝行がしたいと切に願い、こうして忠信に化け、鼓に取れ添ってきたのだといいます。

 

しかしこのままでは義経を騙し、本物の忠信にも迷惑となってしまいます。鳥居前で「源九郎」の名前を賜ったことをせめてもの思い出にして、私は古巣へ帰ります…と言い残し、狐は姿を消してしまうのでした。

 

これをしみじみと聞いていた静御前と義経。父の義朝に孝行ができず、兄の頼朝にも疎まれ結果的に尽くすことができない悲しき身の上を思う義経は、狐の孝行心と静御前の守護を褒め、初音の鼓を授けることにします。これを大喜びした子狐は、初音の鼓を携え去っていくのでした。

 

桜咲く舞台にかわいい狐が登場する、心の温まる名場面です。四段目の切という意味で「四の切(しのきり)」とも呼ばれます。

人間界の戦にまつわるさまざまな悲劇が展開した後で、親子の情愛と義経の悲しみを象徴する存在を「動物」で表現するというのも皮肉がきいていて、当時の感覚では哀れだったのだろうと思います。

 

参考文献:新版歌舞伎事典/かぶき手帖/床本集

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