ただいま歌舞伎座で上演されている歌舞伎座新開場十周年 團菊祭五月大歌舞伎!
團菊祭とは明治の名優である九代目市川團十郎と五代目尾上菊五郎の二人の功績を讃えるための興行で、ゆかりのお家の方々がたくさんご出演になります。
夜の部で上演されている「梅雨小袖昔八丈 髪結新三」は、世話物(せわもの)というジャンルの名作として大変有名な演目です。名作者河竹黙阿弥の作品で、音楽のようなセリフと季節感、見事な結末などなど魅力が満載であります。今回は菊之助さんが主役の新三をお勤めになります。
世話物と申しますのは、江戸時代における現代ドラマといったところでしょうか。市井の人々の間で起こる出来事を描いていますので、セリフも聞き取りやすく、内容もわかりやすいものが多いです。歌舞伎は難しいのではとご不安な方にもおすすめです。
「梅雨小袖昔八丈 髪結新三」について過去にお話したものを先日まとめましたが、物語のあらすじについては全くお話していなかったことに気が付きました。今月の上演にちなみまして、お話していこうと思います。
そもそも梅雨小袖昔八丈とは
梅雨小袖昔八丈 (つゆこそでむかしはちじょう)は、明治6(1873)年6月に東京の中村座にて初演された演目。幕末から明治にかけて活躍した名作者・河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)の代表的作品として大変有名です。
長い芝居のうち、髪結を生業とする小悪党・新三にまつわるエピソードが繰り返し上演されるようになり、髪結新三(かみゆいしんざ)と呼ばれています。
お話の内容をひとことで申しますと「髪結を生業としている小悪党の新三が、女性を拉致監禁して侠客と揉めるのだが、一枚上手な大家さんにやり込められてしまう」というもの。耳心地の良いセリフ、季節感、落語のような展開、かっこいいラストシーンなどなど見どころに溢れています。
広重魚尽 国立国会図書館デジタルコレクション
現行の上演では物語は大きく「白子屋見世先」「永代橋」「新三内」「閻魔堂橋」という場面で展開していきます。それぞれの場面について簡単にご紹介し、全体の流れをさらったのがこちらです。
各ブロックについて詳しくお話してまいりますが、様々な条件や演出により、内容が前後したり細かい点が変更されたりする場合があります。その点は何卒ご容赦ください。
ざっくりとしたあらすじ⑥ 富吉町新三内の場
新三と勝奴にバカにされながらも長屋を出てきた源七と善八に声をかけたのは、新三の長屋の家主長兵衛の妻・お角(おかく)さんでした。賃借人である店子のトラブルは大家にお任せあれということで、このまま我が家に来て長兵衛と話すようにと促します。
それはぜひそうさせてくださいと、善八さんが家主の家に行くことになりました。それではよろしく、という風にして二人と別れた源七は、新三め今に見てろ…というようなムードを漂わせながら、花道を立ち去っていきます。
舞台がぐるぐると回って、家主長兵衛内の場に移ります。家主長兵衛の家という意味です。家では家主の長兵衛さんが会計業務に精を出しています。妻のお角さんともども、お金が好きなご夫婦のようです。
お金好きといっても、ぱっと派手に使うのが好きな方や貯め込むのが好きな方、さまざまいらっしゃいますけれども、このご夫婦はどちらかというと後者で、もらえる物は全てもらうという思いの強い人々です。
善八とお角からこの度のゴタゴタのようすを聞いた長兵衛。「そりゃ十両じゃ少ないだろう、三十両出してくれれば、私が解決してあげましょう」と軽く引き受けました。こんな面倒を引き受けるのは、もちろん白子屋からお礼をたんまりもらうのを期待してのことです。
善八は何かあったときのためにちょうど三十両の金を用意していたので、それではこれでお願いします…とお金を渡します。長兵衛はお角に迎えの駕籠を頼むようにと命じ、善八を連れて新三の家に向かうのでした。
舞台は再びぐるぐると廻り、新三の家へ戻ります。
新三と勝奴が先ほど魚屋から買った初鰹を刺身にして一杯やっているところへ、長兵衛が善八を連れてやってきました。鰹の刺身かと声をかける長兵衛に、新三は気前よく半身をあげる約束をします。一本丸々買った初鰹を、半分大家さんにあげてしまうんですね。
そこから長兵衛は「金になる話がある」と、本題を切り出しました。お前が昨晩連れてきた白子屋の娘を、源七が十両で返せと言ったそうだな、と。それは源七もあんまりしみったれだから、突き返したのは手柄だぞと持ち上げます。長兵衛は世間の常識やモラルにとらわれない、ハートの強い人間を店子にするのがポリシーのようです。
そして長兵衛は続けて「娘を早く白子屋に返せ」と諭します。なぜなら新三のしたことは誘拐であり、表沙汰にされたらもらえるお金ももらえなくなるからです。
新三としては百両もの身代金を見込んでさらったお熊ですから、ハイそうですかとは返せません。それでも長兵衛は、どうかここは三十両の金で納得して、自分に任せてくれと交渉します。
三十両では嫌だと突っぱねる新三を、家主の立場ならお前をお縄にするのも簡単だぞ、と脅し始める長兵衛。しかし新三も黙っていません。
「わっちも堅気の髪結ならお礼を申してお貰い申すが、
きざなことだが獄中(なか)へも行き物相飯も喰って来た上総無宿の入墨新三だ」
これはつまり「わっちぁカタギじゃねぇ、前科者なんですぜ」とすごんでいるんですね。入墨が入っているというのは前科者の証であり、それを自慢に大家さんを脅しているのです。
しかし長兵衛は一枚上手です。
「そんなことを大きな声で言う奴があるものか、
入墨というものを手前はなんと心得てる、人交わりの出来ねえしるしだ、
たとえ手前に墨があろうが知らねえつもりで店を貸すのだ、
表向き聞いた日には一日でも店は貸せねえ」
つまり長兵衛は、新三に入墨が入っている=前科持ちである=一般社会での活動に限界があるという事実を知りながら、知らないつもりで家を貸していたのです。それをいま新三本人の口から自慢のようにして聞いたからには、もうお前に一日だって家は貸せないぞ、と言っています。
これはわっちが悪かった…と気づく新三に、三十両で料簡しなければ訴人するぞ、とさらに脅す長兵衛。これでは新三も納得せざるを得なくなりました。
ようやくお熊さんが白子屋に帰れる手筈がついたあたりで次回に続きます。
参考文献:名作歌舞伎全集 第十一巻