歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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やさしい梅雨小袖昔八丈 髪結新三 その十三 ざっくりとしたあらすじ⑦ 富吉町新三内の場・深川閻魔堂橋の場

ただいま歌舞伎座で上演されている歌舞伎座新開場十周年 團菊祭五月大歌舞伎

團菊祭とは明治の名優である九代目市川團十郎と五代目尾上菊五郎の二人の功績を讃えるための興行で、ゆかりのお家の方々がたくさんご出演になります。

 

夜の部で上演されている「梅雨小袖昔八丈 髪結新三」は、世話物(せわもの)というジャンルの名作として大変有名な演目です。名作者河竹黙阿弥の作品で、音楽のようなセリフと季節感、見事な結末などなど魅力が満載であります。今回は菊之助さんが主役の新三をお勤めになります。

世話物と申しますのは、江戸時代における現代ドラマといったところでしょうか。市井の人々の間で起こる出来事を描いていますので、セリフも聞き取りやすく、内容もわかりやすいものが多いです。歌舞伎は難しいのではとご不安な方にもおすすめです。

 

梅雨小袖昔八丈 髪結新三」について過去にお話したものを先日まとめましたが、物語のあらすじについては全くお話していなかったことに気が付きました。今月の上演にちなみまして、お話していこうと思います。

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そもそも梅雨小袖昔八丈とは

梅雨小袖昔八丈 (つゆこそでむかしはちじょう)は、明治6(1873)年6月に東京の中村座にて初演された演目。幕末から明治にかけて活躍した名作者・河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)の代表的作品として大変有名です。

長い芝居のうち、髪結を生業とする小悪党・新三にまつわるエピソードが繰り返し上演されるようになり、髪結新三(かみゆいしんざ)と呼ばれています。

お話の内容をひとことで申しますと「髪結を生業としている小悪党の新三が、女性を拉致監禁して侠客と揉めるのだが、一枚上手な大家さんにやり込められてしまう」というもの。耳心地の良いセリフ、季節感、落語のような展開、かっこいいラストシーンなどなど見どころに溢れています。

広重魚尽 国立国会図書館デジタルコレクション

 

現行の上演では物語は大きく「白子屋見世先」「永代橋」「新三内」「閻魔堂橋」という場面で展開していきます。それぞれの場面について簡単にご紹介し、全体の流れをさらったのがこちらです。

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各ブロックについて詳しくお話してまいりますが、様々な条件や演出により、内容が前後したり細かい点が変更されたりする場合があります。その点は何卒ご容赦ください。

ざっくりとしたあらすじ⑦ 富吉町新三内の場・深川閻魔堂橋の場

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一枚上手の長兵衛から、三十両の金でお熊を白子屋に返すことを承知させられた新三。戸棚を開けて、お熊を引きずり出します。かわいそうに、お熊は身体を縛られて一晩監禁されていたのです。

お母さまはどんなに心配なさったことかしら…よよよ…と嘆くお熊に、俺に会いたかったらまた来いよなどと声をかける新三。返すのが惜しいのですね。冗談じゃないぞと言いたいところですが、あまりリアルな犯罪を想像せず、それほど美しいお熊さんというくらいの受け止めが気楽かと思います。

 

駕籠に乗せられたお熊は、善八とともに無事に白子屋へと帰っていきました。

早く三十両の金をくれとせがむ新三に、長兵衛は金包みを取り出します。そして新三の目の前に一枚、二枚…と小判を並べていきます。一列目には十枚、二列目には五枚。「数を改めて受け取るがいい」と言う長兵衛

 

どういうわけか、十五枚しかありません。あれ、ちょっと話が違いませんか?と尋ねる新三ですが、長兵衛は全く違わないよとあっさり。そして

「三十両取ってやったのだ」「十両に五両で十五両、鰹は半分もらったよ」

とばかり、何度も何度も繰り返す長兵衛。わけのわからない展開に、一体どういうことだ…と混乱する新三でしたが、長兵衛の魂胆というのはこうです。

「確かに三十両で話をつけたけれども、そのうち骨折賃(手数料)として十五両を自分がもらい、さらに鰹も半分もらう」。つまり、三十両の約束で(鰹は)半分もらったよということです。すごい理論ですね。

 

理解した新三はあまりのことに驚いていきり立ち、そんなつまらねぇ金ならお返ししますよと突き返そうとします。しかし長兵衛は、これで納得しないならお前の悪事を言い立てて訴人してやるぞと再び新三を脅すのでした。確かに長兵衛としては、全額せしめるよりも、新三との金銭上の共犯関係を作って貸しをつける方が得策です。

長兵衛はこうしたトラブル時に大金をせしめんがために、前科がある者をわざわざ住まわせている神経の太い男です。新三もこれには参ってしまって、十五両で納得させられてしまいます。

 

さらにそこへ妻のお角がやってきて、「家賃の滞納分が二両あるので差し引きます」と言い出しました。結局、新三の手に渡ったのは十三両です。

やれやれ…というところへ、バタバタと近所の人が駆け付けて、「大家さんの家に泥棒が入りましたよ」との知らせが。驚いて目を回すお角には目もくれず、長兵衛は鰹の半身を手に、大慌てで家へと戻っていきます。

箪笥の中身をごっそり持っていかれた長兵衛の損害額は、十五両では埋め合わせができません。これで新三も溜飲が下がるのでした。

 

富吉町新三内の場は落語らしく幕となって、深川閻魔堂橋の場へ移ります。

しばらくの日が過ぎ、舞台は深川閻魔堂橋のたもと。いまでいう江東区福住・深川に存在していた橋です。関東大震災で被害を受け、親柱が残るばかりです。時刻は夜更け、天候は雨。按摩さんが屋台で蕎麦をすする、風情のあるシーンから始まります。

そこへ弥太五郎源七が現れ、池月という人の家を知らないか…と蕎麦屋さんに尋ねます。道を教えてもらった源七は、蕎麦屋さんに多めにお金を支払い、この場を去るよう促します。

 

実は源七は、池月の賭場から帰ってくる新三を待ち伏せして襲撃し、遺恨を晴らそうとしているのです。あの白子屋の一件からというもの、源七新三に意気地なしと悪口を言いふらされ、とんだ大恥をかかされています。一方の新三は悪党としてワルの社会でぶいぶい言わせはじめている、おもしろくない状況です。

 

とそこへ、いかにも調子に乗って気の大きくなった新三が、勝奴とともに現れました。そして勝奴に用事を言いつけると、新三は一人で閻魔堂橋へとやってきます。

「新三、待て」

と立ちはだかる源七源七は刀を、新三は匕首を取って啖呵を切り合い、雨のなか命の取り合いを始めるのでした。

そして、さぁ斬り合いが始まるぞ…というカッコいいところで、サーッと幕が引かれて芝居は終わってしまいます。映画のようです。

 

新三が主役なのですから、新三が勝つのだろうと思うのが自然かもしれませんが、実際は源七が新三を殺します。さらにこの後も芝居は続き、大岡越前によるお裁きがあるのですが、現行上演では閻魔堂橋までで幕となることが多いです。昔の歌舞伎興行の美学として、主役がカッコ悪いところを晒して終わるというのはあまり良く思われていなかったのかもしれません。

 

参考文献:名作歌舞伎全集 第十一巻

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