本日、4月に御園座で予定されていた新作歌舞伎「NARUTO-ナルト―」の公演中止が発表されました。まだわかりませんが、これでは4月の演舞場も期待が持てそうにない状況であります…。
自分自身の迂闊な行動で自分ばかりでなく他の方の命を脅かしかねないというのは、本当に本当に恐ろしいことで、日々細心の注意を払い行動しなければと気を引き締めております。皆様何卒お気をつけてお過ごしください。また歌舞伎を拝見できる日を心待ちにいたしましょう。
新型コロナウイルス感染拡大防止の影響で三月大歌舞伎は全日程が中止に。
昼の部の「新薄雪物語」は仁左衛門さんと吉右衛門さんのご共演とあって非常に楽しみにしておりましたが、残念ながら見ることは叶いませんでした。。
中止が発表されるまえに少しお話しかけておりましたので、せっかくですからこのまま引き続きあらすじやみどころなどお話してみます。
「新薄雪物語」は古典の名作のひとつですので、配役は変わると思われますが必ず上演されるはずです。その際に何らかのお役に立てればうれしく思います。
追いつめられる二組の親子
新薄雪物語(しんうすゆきものがたり)は、1741年(寛保元)5月に大坂は竹本座にて人形浄瑠璃として初演され、その3か月後に歌舞伎に移されて京都の早雲座で初演された演目。
17世紀に刊行された人気小説であった仮名草子の「うすゆき物語」や、それに続いて出版された浮世草子の「新薄雪物語」を題材としたものであります。
本当にざっくりとお話いたしますと、
①若い男女が互いに相思相愛になるのだが、
②いろいろあって天下調伏の疑いをかけられてしまい、
③それぞれの父親が命をかけて二人を守ろうとする
というものです。桜の花の咲き乱れる美しい舞台のなかで繰り広げられる、重厚な悲劇であります。子が親のために命を差し出す芝居はたくさんありますが、親が子のために…という芝居はそれなりに珍しいものです。
主軸はシンプルなのですが人間関係はいろいろと複雑。
詳しいことはさておいて、登場人物の見た目でどんな人なのか判断しながら見ていくと内容がわかりやすくなるのでおすすめです。
それでは今回上演される予定であった花見・詮議・広間・合腹の順に、舞台の上で起こるはずのことを少し詳しくお話していきたいと思います。
「花見」はこちらで
「詮議」②では、葛城民部・秋月大膳と園部兵衛が幸崎伊賀守の館へやってきて、天下調伏の鑢目について園部左衛門を詮議しはじめたところまでお話いたしました。
身に覚えがなくうろたえる左衛門でしたが、よりによって秋月大膳が、動かぬ証拠を持っているのだといいます。絶体絶命のピンチです。
その証拠とやらを懐より取り出す大膳…
「刃」の下に「心」と書き、「下の三日に園部左衛門様参る 谷影の春の薄雪」と読み上げます。
大膳は、「刃の下の心とはつまり、鑢目を入れる刀のなかごを表している!薄雪姫と園部左衛門は結託して天下調伏を狙っているのに違いないのだ!!」と絶対的な確信をもって主張するのです。
ラブレターをお互いの両親の前で読み上げられるなどただでさえ恥ずかしいのに、天下調伏を狙っていると決めつけられてはたまりません。
薄雪姫は、恥ずかしながらそれは「こっそりお会いしたい」というひみつのラブレターなのです…刃の下に心という文言にも、忍ぶという意味しかないのです…と泣いて弁明。
しかしながら大膳は主張を曲げず、全くもって聞き入れてはくれません。
薄雪姫のお母さん・松ヶ枝もたまらず、どうしてよりによってそんな言い逃れのできないことをしてしまったのよ…!とうろたえて、涙を流します。このようなことになり、もしも可愛い娘を守り切れなかったらと思うと、不安で不安でたまりません。
歌舞伎に出てくる武家のお母さんというと、武家の女としての厳格さと母性との間で苦しむようすを見せることが多いかと思います。そういった点で松ヶ枝は、割と娘に甘い方であるなあと思われます。
そのような母娘のようすを幸崎伊賀守がたしなめるところ、左衛門が良いアイデアを思いつきます。
「刀鍛冶の来国行であれば、私たちの身の潔白を証明できる!」というものです。
清水での影の太刀の奉納いらい来国行は行方知れずですが、その居所をどうか探させて、処分はそれからにしてくださいと、左衛門は葛城民部に願い出ます。
お願いします、お願いします…と懇願しますが、いくら葛城民部が情に厚い人物だからといって、OKOK!とはいきません。
しかし「もはやこれまで…!」と、左衛門が責任を取って腹を切ろうとするのを見るやいなや、葛城民部はサッとこれを止めてくれます。
いま切腹しては身の言い訳が立たない、国行の在処を尋ねて申し開きをしなさいと止めたのです。やはり頼れる人物ですね。
と、そんなタイミングで、お坊さんたちがぞろぞろと訪問。
遺棄されている遺体がお寺で見つかったが、民部さまたちがこの幸崎伊賀守の館にいると聞いて、ここまで運んできた…というのです。
左衛門が運び込まれた遺体を見てみると、まさしくあの来国行…!
どうしようどうしようと激しくうろたえる左衛門は、じっと事実を受け止めている園部兵衛や幸崎伊賀守、そして葛城民部、秋月大膳にまで「国行が死にましてござりまする…!」と報告して周ります。
そして、もはや身の潔白を証明する手立てはないのか…としくしく涙を流します。
このうろたえぶりは凛々しい若侍というよりも、良いところで育った苦労知らずのお坊ちゃまのムード。園部左衛門らしさが爆発する見どころかと思います。
と、そんな中、葛城民部が来国行の死体を検めることに。致命傷はなにかと確認すると、その喉元にはなぜか小柄の傷跡がありました。このような技が使えるのは誰か…と推理して、「確かにこれは大膳だ…!」と気づいてしまう葛城民部。
民部さんならうまいこと二人を助けてくれるのではないか…!と期待が募ります。
ややあって遺体は運び出され、子供たちがピンチに陥ってしまった幸崎伊賀守と園部兵衛は示し合わせ、少し離れた場所で相談を始めます。
この相談が花道で行われるというのが、歌舞伎ならではの立体的な演劇空間が活用された見どころです。正面舞台とは別空間であることを認識しつつ、登場人物たちと空間を共にしているような、不思議な感覚を味わうことができます。
幸崎伊賀守と園部兵衛の相談は、「薄雪姫と左衛門を親同士それぞれで預かるよう願い出ませんか」ということでまとまり、上使に願い出ることに決まりました。
幸崎伊賀守・園部兵衛は元の席に戻り「必ず我が子を詮議するので、どうか親に預けてください」と願い出ますが、大膳は「ならぬ!2人とも自分が詮議する」と言い張ります。
しかしながら、葛城民部はこの大膳の魂胆がすでにわかっています。
ですので、無実の二人を絶対に思い通りにはさせまいと取り計らい、「左衛門は幸崎の家、薄雪姫は園部の家、双方の子を取り換えて詮議しては」と提案してくれたのです。
大膳はもはやいちゃもんをつける隙も無く、これを受け入れるしかなくなりました。さすがの民部、名捌きですね。
そのうえ、手にした扇の下でそっと薄雪姫と左衛門の手を取り、互いに握らせて、「二人とも希望をもって再会の日を待ちなさいよ」というようなメッセージをそれとなく告げつつ、それぞれの親のところへサッと渡します。カッコいいです!
そんなくだりを経て、幸崎伊賀守は左衛門を、園部兵衛は薄雪姫を預かります。
父親同士は「必ず厳しく詮議してみせましょう」と口では堅い決意を示しあい、目と目では何らかの思いを共有しあって、幕となります。
「詮議」の場面はここまで、「広間・合腹」の場面へと続きます!
参考文献:新版歌舞伎事典/床本集/増補版歌舞伎手帖/歌舞伎登場人物事典/日本大百科全書(ニッポニカ)