歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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やさしい菅原伝授手習鑑 車引 その九 ざっくりとしたあらすじ⑤ 賀の祝が済むまでは

ただいま歌舞伎座では六月大歌舞伎が上演中です!

第一部で上演されている「菅原伝授手習鑑 車引」はこれぞ歌舞伎というような屈指の名場面で、上演頻度も比較的高い演目です。これまでもお話してまいりましたが、お話し足りない点が多々ありますので少しお話してみます。芝居見物のお役に立てればうれしく思います。

過去にお話した回はこちらにまとめてありますのでよろしければご一読ください。

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ざっくりとしたあらすじ⑤ 賀の祝が済むまでは

菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)は、1746(延享3)年8月大坂の竹本座にて初演された人形浄瑠璃の演目。翌月の9月には京都の中村喜世三郎座で歌舞伎として上演され、三大狂言の一つとして数えられる名作として現在に残っています。

全体としては「菅原道真の大宰府左遷」という歴史上の出来事に、三つ子ちゃん誕生の話題を織りまぜて作られた物語で、さまざまなケースにおける「親子の別れ」を描き出しています。

菅原伝授手習鑑全体の流れについてはこちらでお話しておりますので、よろしければどうぞ。

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踊形容外題づくし 菅原伝授手習鑑車引のだん 豊国 国立国会図書館デジタルコレクション

全部で五段ある物語のうち、今回は三段目にあたる車引(くるまびき)の場面についてお話しております。名場面として有名なのですが、起承転結をもった物語らしい物語はありませんので、一体何の話が展開しているのかわかりにくい部分があるかもしれません。

そこで車引の内容について、詳しくお話しております。都合上内容が前後したりする場合もありますので何卒ご了承くださいませ。

 

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④では、梅王丸桜丸藤原時平の乗る牛車を襲撃。従者たちを巻き込み騒ぎを起こすところまでをお話いたしました。

顔を赤く塗った杉王丸という嫌なやつが出てきましたね。これは赤っ面という悪役の化粧です。悪役は悪役でも、権力者の下についているのをいいことに、主人公に対して憎たらしい口をきく小者というような役どころを示しています。ひと口に悪役といってもいろいろなバリエーションがあるのがおもしろいところです。

 

梅王丸桜丸、それを止めようとする従者たちの間であわや乱闘…というところへ、「待て」と二人を呼び止める声がします。ここに現れたのは松王丸。三つ子の三人目ですね。

荒々しい梅王丸、やわらかな桜丸に対し、松王丸はまた一味違ったクールな雰囲気です。松王丸は、私は時平さまに忠義を誓った身であって、決してこの兄弟らと同意見ではありませんので…と表明しながら、止められるものなら止めてみろよとすごみます。

それを受けていきり立つ梅王丸に加勢する桜丸、三つ子はもみ合いに。このくだりは見得で絵のように表現されます。それぞれのキャラクターの感情と力のぶつかり合いを表現したカッコいいポーズ、マンガの見開きページのようなイメージでしょうか。

 

と、そんなところへ、破壊された牛車の中から、藤原時平が現れます。ゴゴゴゴゴ…と効果音が見えるかのような巨悪の登場シーンです。

藤原時平は、先ほどの杉王丸とはスケールが桁違いの悪役。超人的な力を持ち、陰険な方法で権力を握って天下を狙おうしているとんでもない悪人です。私利私欲のため意のままに国を動かそうとする悪徳政治家という感じでしょうか。

公家荒という青い隈取で表現されていて、赤い舌をベーッと出したりします。ほぼモンスターです。こういったいつの世も現実に存在するキャラクターを、見た目からグロテスクに表現してしまうのがおもしろいなと思います。

 

時平は、「牛扶持喰らう青蠅めら」とひどい言葉で梅王丸桜丸をののしり、邪魔だから轢き殺してしまえと言い放ちます。砕けた牛車の部品を手に取って時平に襲い掛かろうとする梅王丸桜丸でしたが、くわっと睨んだ時平の眼光の恐ろしさ、人間離れしたその威勢に全身がすくんでしまい、たじたじとなってしまいます。

それを見た松王丸はあざ笑い、「我が君の御威勢見たか、この上に手向かいすると、お目通りで一討ち」と、刀に手をかけ梅王丸桜丸を斬り捨てようとします。

 

すると時平は、太政大臣となって天下の政を行う私が眼前を血で汚したくない、松王の忠義に免じてこの虫けらどもは助けてやるぞムハハハハハハと、いかにも極悪人というふうにせせら笑って、梅王丸桜丸を許します。

せいぜい感謝しろよとあしらわれ、悔しい梅王丸桜丸。ぐぬぬ…と悔しさを噛みしめながらも、やはり父・四郎九郎の70歳のお祝いまでは我慢しよう、決着はそのあとだと誓いあい、三つ子たちは別れてゆくのでした。

 

別れ際、梅王丸は「松の枝を切り折ってやる」、松王丸は「梅も桜も落花微塵」とののしり合います。三つ子たちには根深い遺恨が残り、もはや関係修復は不可能であろうと思われるところで、「車引」の場面は幕となります。

 

悲しいことに三つ子の運命は、続く「賀の祝」の場面で決定的に引き裂かれてしまいます。菅丞相が授けた家庭の幸せは、皮肉にも菅丞相の存在によって終わってしまいますが、最後の「寺子屋」の場面にて隠されていた松王丸の本心が知れるという構成になっています。名作とされるだけある素晴らしい構成です。続きについても、追ってお話いたします。

 

参考文献:新版歌舞伎事典/歌舞伎手帖/日本大百科事典

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