歌舞伎ちゃん 二段目

『歌舞伎のある日常を!』 歌舞伎バカ一代、芳川末廣です。歌舞伎学会会員・国際浮世絵学会会員。2013年6月より毎日ブログを更新しております。 「歌舞伎が大好き!」という方や「歌舞伎を見てみたい!」という方のお役に立てればうれしく思います。 mail@suehiroya-suehiro.com

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やさしい妹背山婦女庭訓 三笠山御殿の場 その八 ざっくりとしたあらすじ④

今月国立劇場で上演されている令和5年10月歌舞伎公演『通し狂言 妹背山婦女庭訓<第二部>』

10月をもって閉場が決まっている第一期国立劇場、最後の歌舞伎公演です。半世紀以上の歴史を持つ国立劇場最後の演目として「妹背山婦女庭訓」が選ばれ、先月に引き続き通し狂言として上演されています。

今月上演されている第二部の中でも特に有名なのが「三笠山御殿の場」です。先日、こちらのブログで過去にお話したものをまとめました。拙いものばかりのうえ、あらすじについてお話しておりませんでしたので、今回の上演機会にお話したいと思います。

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ざっくりとしたあらすじ④

妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)は、1771(明和8)年の1月に大坂竹本座で人形浄瑠璃として上演された演目です。その夏の8月に歌舞伎として上演されました。義太夫節という音楽に乗せて物語が語られる、義太夫狂言というジャンルの演目です。

物語全体は非常に長く壮大ですが、今月の第二部では酒屋の娘お三輪を中心とした後半エピソードが上演されています。なかでも名場面として知られる「三笠山御殿の場」は、全五段のうち四段目にあたります。義太夫狂言において四段目は重要なシーンが据えられていることが多いです。

 

国立国会図書館デジタルコレクション 金輪五郎今国・杉酒屋娘お三輪 豊国

 

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①②③と、三笠山御殿の場の簡単なあらすじをお話しております。話の内容が前後したり、さまざまな事情で細部が変化する場合もありますが、何卒ご容赦ください。

③では、求女(実は藤原淡海)橘姫の素性を知り、私と結婚したければ入鹿が奪った十握の剣を取り返してきてくれと持ち掛けました。さらに、求女を追って御殿へやってきたお三輪は、橘姫求女が結婚寸前であることを聞かされ、残酷な官女たちにいじめられ、散々な目に遭ったところです。

 

そうしているうちに、御殿の奥から橘姫求女の結婚を祝うにぎにぎしい声が聞こえてきました。このようなものを聞いて、平常心でいられるでしょうか。激しい嫉妬のあまり形相まで変わってしまったお三輪は髪を振り乱し、力づくで奥へと乗り込もうとします。

そこへ鱶七が現れ、刀でお三輪をひと刺し。橘姫求女さんを略奪し、私を散々に辱めた挙句、命まで奪うの…と怒り狂うお三輪に、鱶七から衝撃の事実が伝えられます。

 

それは、お三輪が恋慕う烏帽子折の求女が、実は藤原鎌足の息子・藤原淡海であるということ。さらに、お三輪が命を落とすことが入鹿を滅ぼすことに繫がり、結果的に求女を助けることになるということ。

ナニワの漁師を名乗っていた鱶七も実は、藤原鎌足の家臣・金輪五郎今国であり、入鹿討伐のためにこの御殿に潜入していたのであります。

 

なぜお三輪の死が入鹿を滅ぼすことにつながるのか?というのは、現代の感覚ではかなり非科学的な設定ゆえです。一体何を言っているのかというところかとは思いますが、ぜひそのまま受け止めていただければ幸いです。

 

蘇我入鹿の父・蝦夷は子に恵まれず、白い牝鹿の生き血を奥さんに飲ませてようやく入鹿を授かりました。そのため入鹿は、人間を超越した力を持っている、半モンスター的存在なのです。

しかし、「爪黒の鹿の血」と「疑着の相をした女の生き血」を混ぜ、笛に注いで吹けば、入鹿のなかの鹿が覚醒し、代わりに本来の人間としての入鹿が弱まるのだそうです。

その隙に入鹿を倒してしまい、十握の剣を奪えばよいのだ…という計画なのであります。

 

疑着の相というのは、顔がゆがむほどに激しい嫉妬に駆られた状態の顔つきのことなのですが、鱶七がいくら探したとてそのような女が簡単に見つかるはずもありません。

そんなとき出くわしたお三輪がうってつけの形相をしていたので、刺したのだといいます。

 

それを聞いたお三輪は、私の命が求女さんの役に立つのならと喜びました。そして、生まれ変わったら夫婦に…と願い、苧環を抱いて息絶えます。

鱶七実は金輪五郎今国は、迫りくる追っ手をバタバタと倒し、お三輪の生き血を注ぎ入れた笛を持って、入鹿討伐へと勇み立つのでした。

 

と、ここまでで三笠山御殿の場は幕となります。

私はとにかくお三輪がかわいそうでならず、見ているととてもつらくなってしまう演目です。そのように思わせるのも役者さんの魅力なのですが、好きな人のために命を捧げられててよかったねとはあまり思えず、どうにも哀れに思ってしまいます。いつの日かより深く味わうことができたらうれしいです。

 

参考文献:床本集、新版歌舞伎事典

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