24日まで歌舞伎座で上演されていた四月大歌舞伎！
第三部「桜姫東文章 上の巻」は、孝夫時代の仁左衛門さんと玉三郎さんが孝玉コンビとして熱狂を巻き起こした伝説の舞台で、お二人による上演は1985年いらい実に36年ぶり。チケットも入手困難となり大きな話題を呼びました。
残念ながら緊急事態宣言により千穐楽を待たずに中止となってしまいましたが、後半にあたる「下の巻」が6月に上演されることもあり、せっかくの機会ですのでもう少しお話を続けたいと思います。何らかのお役に立てればうれしく思います。
江の島稚児ヶ淵の伝説
桜姫東文章（さくらひめあずまぶんしょう）は、大南北と呼ばれた江戸の鬼才・四世鶴屋南北の代表的な作品の一つです。
一言で申せば、愛した稚児を失った高僧・清玄と、自らを犯した釣鐘権助に惚れたお姫様・桜姫が、因果の渦に飲み込まれ転がり落ちていく物語であります。高僧は破戒して怨霊となり、姫は権助によって女郎屋に売られるという、複雑怪奇かつアウトローな世界観が魅力です。
今月上演されていた物語の前半部分「上の巻」に盛り込まれていた、江の島稚児ヶ淵に伝わる心中伝説をご紹介したく思います。美少年とお坊さんの悲しい恋物語で、桜姫図魔文章の発端として美しく描かれる「江の島稚児ヶ淵の場」の題材とされているものです。
昔々、大仏さまでおなじみの鎌倉建長寺高徳院に、自久（自休とも）さんという和尚さんがいました。
ある日、自久さんは弁財天へ出かけた折、偶然見かけた美しき少年に一目ぼれ。この少年は白菊という名のお稚児さんで、鎌倉雪の下の相承院に所属していました。
昔のお寺の社会において、女性と関係をもつ女犯は戒律違反でしたが、男性同士の男色ならばOKであったようで、美しく髪を結ったうら若い稚児たちは、しばしばお坊さんの恋愛や性愛の対象とされていたようです。
そんな社会であったので、自久さんも一目惚れをした白菊のもとへ通いつめ、脈ありに違いないと確信していたのです。
しかし、白菊は自久さんの思いを受け入れてはいませんでした。
それどころか深く思い悩み、
「白菊に 忍ぶの里の人問はば 思い入り江の島と答えよ」
「憂きことを 思い入り江の島影に 捨つる命は波の下草」
という辞世の句を遺して、江の島の淵に入水してしまったのでした。
それを知った自久も
「白菊の花の情けの深き海に ともに入り江の島ぞ嬉しき」
と詠んで後追い入水をしたのです。
その場所こそが現在の稚児ヶ淵である…という伝説であります。
白菊の本心はわかりませんが、本当に拒絶していたとしたら、後を追って死なれる恐怖はいかばかりというところです。
白菊の辞世の句にある「忍ぶ」という文言は、桜姫東文章において清玄と白菊丸がそれぞれに手にする香箱の銘「忍ぶ草」や、権助実は信夫の惣太という名前などに盛り込まれていて、当時の人々にとってはあああれねとわかるようになっています。
伝説の自久と白菊とは違って、清玄と白菊丸は両想いであり、死別した白菊丸が桜姫に転生し十七年後に清玄のもとに現れるというぶっ飛んだ設定がおもしろいところです。
見立十二ヶ月ノ内 九月 白菊丸 岩井半四郎 豊原國周 国立国会図書館デジタルコレクション
これは半四郎の白菊丸ということなのですが、明治時代の作でずいぶんイメージが違うようです。こんなワイルドな絵も見つかりました。
奇術競白菊丸 豊国 国立国会図書館デジタルコレクション
クリーチャー的なものにまたがりしゃれこうべを掲げていて、外国のヒーローのようですね！当時の人々の白菊丸イメージに混乱します。
参考文献：歌舞伎登場人物事典／新版歌舞伎事典／歌舞伎手帖／櫻姫東文章／日本大百科全書／旅ハ風雅の花 旅客・五老井許六 石川柊
歌舞伎生世話物研究－『桜姫東文章』・『東海道四谷怪談』について― 渡辺荻乃
歌舞伎・清玄桜姫ものにみる「袖」のはたらき 松葉涼子
清玄桜姫物と『雷神不動北山桜』－『桜姫東文章』の場合－ 山川陽子
